ラグビースクールで子供の自主性を考える

 小学生の息子が通っているラグビースクールに、久しぶりについて行きました。今日は他のスクールも呼んで、対抗戦が行われる日です。

 ラグビーというスポーツは、ボールを持っている相手を思いっきり倒すタックルというルールがあるので、球技スポーツでありながら格闘技のような激しさがあります。タックルはする方もされる方も大変痛いのだそうで(私は経験したことがないのですが)、痛さと恐怖心に打ち勝つ強い心がなければ、やっていくことができません。ラグビーをやっていた人に打たれ強い人が多いのも、納得がいきます。

 

 小学校低学年の、AチームとBチームの試合を観戦していた時。Aチームのコーチ(4~5人)は、試合中ずっと大きな声で子供達に細かい指示出しをしていたのに対し、Bチームのコーチ達は、全員何も言わず、無言で子供達のプレーを見守っているのに気が付きました。Aチームのコーチ達は、誰がどのように動くべきか、ボールをどのように扱えば良いのか、走り方、声の出し方、パスのタイミング、等々、プレーしている子供達に向かって、それぞれが思うことを休みなしに投げかけています。Aチームの子供達は、心なしか委縮して伸び伸び動けていないように感じました。体の動きに緊張感があり、どことなく硬いのです。

 その一方で、コーチ達に細かい事は何も言われず、ただ見守られているだけのBチームの子供達は、自分達の直観と仲間との連携を上手く生かして、柔軟に動いていました。相手の一瞬の隙をついてボールを奪い、抜け道を見つけサーッと走り抜けてゴールにトライするプレーなど、理屈ではなく感覚で動いているのだなと思いました。

 更に、Bチームの子供達が、試合に出ていないメンバーも一致団結して、試合に出ているメンバーを全力で応援している姿が印象的でした。そして、小さいながらも自分達なりに戦略を練り、お互い檄を飛ばし合い、試合を終えた仲間をねぎらったり、これから試合に出る仲間に声をかけてあげたりと、一体感がありました。自分達の力で、自分達が勝利をつかむのだ、という気迫が感じられました。何より、ラグビーの試合というこの瞬間を、全身で楽しんでいました。

 結果は、Bチームの圧勝でした。

 

 子供は、自由で自主性が重んじられる環境でこそ、最大限の能力が発揮されるのだなあ、と改めて感じました。Bチームのあるお子さんのお母さんは、「うちの息子は、学校の宿題や習い事の課題は真剣にやらないのに、ラグビーのことになると目の色が変わるんです」とおっしゃっていました。こうしなさい、と細かく指示を出されると途端にやる気がなくなってしまうけれど、ラグビーの試合に対する心構えなどは、誰からも言われていないのに丁寧にノートをとったりしているのだそうです。

 

 大人でも、自分が本当に好きなことは、自然と真剣に取り組もうという情熱が湧いてきます。そして、好きなことを自由にやれている時は、ワクワクの波に乗っているので、直観力が冴え、インスピレーションも受け取りやすくなり、上手くいく方法がパッと思いついたり、何も考えなくても自然と体が動いたりします。ワクワクの波に乗ることこそが、宇宙と一番上手につながる方法なので、細かい方法論など本当は必要ないのです。

 Bチームの子供達は、このワクワクの波に、邪魔されることなく上手く乗れていたのだと思います。Aチームの子供達は決して能力が劣っていたというわけではなく、「制限」によって、自分達の直観を最大限に生かしきれていなかっただけなのではないかと思います。

 

 子供はまだ未熟で何も知らないから、大人が全て教えてあげなければいけない、と思われていることが多いのですが、実は子供こそが宇宙と繋がる方法を大人以上に”自然に”わかっていたりします。大人が教えなくても、それ以上の知識を既に持っていることもあります。そして、子供が自由に動ける環境を与えておけば、自分から”自然と”ワクワクの波に乗っていき、自分が何を学び何をするべきなのか、誰からも強要されることなしに”自然に”探求していきます。波に乗れさえすれば、必要なものを必要な時に自分の元に引き寄せるようになるので、大人があれこれお膳立てしようと必死になったり、無理やり探し出そうとしなくても本来大丈夫なのです。

 子供が必要としている時にそっと手を差し伸べてあげ、子供が知りたいと望んでいることを教えてあげ、そして子供が最大限に自分のワクワクを追求できるように、暖かく見守ってあげることが、大人に与えられた役割なのではないかなと思います。そして何より、子供自身が本来持っている、自分で人生を切り拓いていく能力を心から信じてあげることが、最も大切なことなのではないかなと思います。