ヒルデガルトの預言書『病因と治療』を読んでいると、すっかり”科学的な”論拠に基づく説明に慣れてしまっている現代人の私にとっても、なぜか深い部分でストンと腑に落ちる文章に出会います。例えば、
「夏、体内がとても熱いのに大食すると、血が温まりすぎて体液は有害なものとなり、肉はぶよぶよと膨れあがる。それは空気が熱すぎるからである。もしこの時期に小食を守れば、病気に罹ることはなく、健康でいられることができる」
「深い悲しみの中にある人が元気を取り戻すためには、適切な食べものを十分に摂る必要がある。それは悲しみに打ち負かされないためである。大きな喜びにある時は、小食を心がけるべきである。こうした時、血は緩んでおり、さまよっているからである。このような時に大食すると、体液は嵐のようになって激しく発熱する」
「体格ががっちりしていて健康的で、腱(神経)が丈夫で、強い食欲を持った美食家の中には、肉や贅沢な飲食物に惹かれる人たちがいる。彼らの血は蝋のような色に変色し、どろどろになっている。それがため、血は正しい経路を流れることができないのである。こういう人は健康体であるため、熱や体の衰弱によって血が減るということはなく、血はむしろ肉や皮膚の中へと広がっていく。その血が有毒な体液で肉や皮膚を侵し、その部位を変色させて潰瘍だらけにするのである」
「容器の中で圧力をかけてチーズを造るには、凝固した牛乳を常に加え続ける必要があるように、赤子や子供にも、彼らが十分に成長するまでずっと飲みものや食べものを与え続ける必要がある。そうしなければ赤子や子供は成長できず、死んでしまうであろう」
「年をとり老衰した人たちにとって、飲食物の補給は必要不可欠である。というのも、血と肉が減る年齢になると、食べ物によってそれを補わねばならないからである。人間は大地のようなものである。大地は湿り過ぎても害になるが、湿り気が少なすぎたりなかったりしても肥沃にはならない。このように、大地は程よい水分を必要とするが、それは人間においても同じである」
科学的なメカニズムをとうとうと説明されるより、人体の機能がより多元的にダイナミックに表現されているヒルデガルトの記述を読む方が、なるほどそうなのだなと因果関係がより明快に理解できる感じがします。
『病因と治療』の後半部分は、具体的にどのような方法で心身の不調を治したら良いのか、とても詳細な説明が多岐にわたって書かれています。多くは植物(特にハーブ)の力を使った方法です。例えば肝硬変の治療法については次のようにあります。
「種々雑多な食べものを節制もせず分別なく食べていると、肝臓が損なわれ硬化してくる。フキタンポポとその倍量のオオバコの根、ナシの木に着くヤドリギ周辺にできるどろどろしたものをフキタンポポと同量用意する。
フキタンポポとオオバコの根に、千枚通しなどの小さな道具を使って穴をあけ、その穴に前述したドロドロしたものを詰める。これを純粋なワインに入れ、そこにクルミの木の葉や小枝に出来るマメ状の瘤(こぶ)を1ペニーウエイト分加える。食事とともに、あるいは単独に、温めずにこれを飲む。フキタンポポの熱と冷は肝臓の腫れを鎮め、オオバコの熱は肝臓の硬化を防ぎ、ナシのヤドリギにできるどろどろしたものの冷はリヴォル(毒素)を減らし、クルミの木の葉や小枝の瘤は、その苦さにより悪い体液を運び去る。これらは温めず、ワインにそのまま漬けるだけにする。こうすることで、より穏やかに肝臓に達することができるからである」
このように、種々様々なるハーブや自然界の原料を用いたありとあらゆる治療方法が紹介されており、その情報量は膨大です。ヒルデガルトの元には、遠方からも多くの患者たちが訪れ、その名声は皇帝や教皇の元にまで届いたといいます。
植物の持つ、人体に対応する癒しの力を活用することで、当時の病める人々を数多く癒していたわけです。自然界の恵みのありがたさと、人間に与えられた救済の力を感じます。
興味深い治療法だなと思ったのは、癲癇(てんかん)の治療法です。「モグラの血を乾かしたものにメスのアヒルのくちばし、さらにメスのガチョウの足の皮と肉を取り除いたもの」をすり潰した粉末を用いた治療法なのですが、それを布で包んだものを、「最近モグラが地面を掘った場所に三日間置いておく」とします。なぜモグラかというと、「モグラはふいに姿を現したり隠れたりする習性をもっており、また地面を掘ることに慣れているので、その血は、同じように現れたり引っ込んだりする癲癇に有効である」からとのこと。そして混ぜ合わせた粉末をモグラが穴を掘った場所に置かなければならないのは、「その土の方が他の土よりも健康であるため、これらの粉末は自らの液汁と生命力とを、その土の液汁と生命力から授かるからである」。
モグラの血の物理的な成分のみならず、モグラという生き物が持つ習性とエネルギー的な質までもを取り入れた、まさに波動療法的な治療法ともいえます。
この他にも、ハーブを乾燥させる場所と時間を少しずつ変えて、24時間全てのエネルギーを取り入れる方法があったり、また、使用する水にもよく細かい指定がなされています。川の水には空気の質が入っている、泉の水は湿性が強い、井戸水には乾の傾向がある、等々、病気の質と治療の方向性によって、水さえも使い分けていたのです。ヒルデガルトの治療法にはよくワインが登場するのですが、熱や温のエネルギーが必要な場合は過熱しますが、それがかえって邪魔になるケースでは、「温めてはいけない」と書かれています。
今から800年以上も前に、物理的なアプローチだけでなく、エネルギー的なアプローチも同時に行う、こんな多次元的な治療法が行われていたことに新鮮な驚きを覚えます。