ゆるすということ~その3~

 ゆるしの第二段階として、私自身が学んだ、ある深淵な智慧があります。それは、

 

『どのような出来事であれ、その出来事やそれに関わった人をゆるしたいのであれば、まずは何よりも先に自分自身をゆるすこと』

 

 です。

 

 「ゆるす」というと、もしかしたら、相手をゆるすことにまずフォーカスしてしまうかもしれません。けれど、自分が過去に起こった出来事をゆるせていないということは、そもそも、その現実を自分の人生に引き起こした、私自身をゆるせていないということです。そういう人生を選択した私を、私がゆるせないのです。人生とは、選択です。こんな人生じゃなかったら、こういう親に生まれていたら、あんな環境で育っていれば、あの時ああしてれば、ああ言っていれば、云々、いろいろとたらればを考えてしまうものですが、全ての道と環境は自分が選んだものです。その事実を認めたくない思いが根底にあると、自分ではなく、他人を責めたくなります。

 

 自分の人生と、人生で起こった出来事全ては、私に責任がある。私が選んだものである。その事実を受け入れたくないがために、怒りのベクトルを外側に向け、過去を悔やみ、自分の身に起こった不幸を誰かのせいにしたがるのです。

 

 

 自分をゆるすというプロセスは、自分の身に起こった全ての出来事を、ギフトだと受け止めることでたやすくなります。それが起こった背景には、必ず深淵な意味があります。メッセージがあります。そこに気づくことで、受け入れやすくなります。過去を責め、悔やんでいる間は、学びはありません。ただいたずらにネガティブな感情を生み出し、その感情に自分自身が苦しみ続けるだけです。

 過去から学び、成長し、強くなった自分に気づくことで、どんな出来事でも、そこからポジティブな意味を見つけることができます。感謝することができます。

 

 過去に起こった出来事は事実として変わらなくても、それに対する自分の見方が変わることで、出来事そのものの意味が完全に変わります。自分を痛めつける悪しき記憶から、私を成長させてくれた深淵な経験、に変わります。とらえ方が変われば、感情も変わります。悩まされることもなくなります。記憶はなくならなくても、それに煩わされることがなくなるので、苦しみはありません。

 

 災いとみなすか、糧とみなすか。とらえ方ひとつで、過去に縛られ過去に苦しめられる生活から、過去を手放し、過去から学び、過去に感謝できる生活へと変わっていきます。