光と闇Ⅰ

 私が子供だった頃、日本はアニメ全盛期時代でした。毎日夕方になると、テレビでは何かしら楽しいアニメがやっていましたし、お気に入りのアニメがある曜日は、朝からワクワク楽しみに過ごしていたものです。中でも一番夢中になって見ていたのは、世界名作劇場のような外国のお話や、ファンタジーものでした。兄がいたので、男の子向けの戦闘ものや、アドベンチャーものもよく見ていました。

 

 戦闘・アドベンチャー系のお話では、必ずと言っていいほど、主人公(やその仲間たち)に対抗する、「敵」が出てきます。それらの「敵」は、「悪」をわかりやすく体現している存在たちでした。意地悪で狡猾、力を破壊のために使い、暴力的。見た目や言動も、相手を威嚇したり、恐怖心を煽るようなものばかり。アニメの中の話とはいえ、人に恐怖心を抱かせる手法の効果は、ブラウン管を通しても伝わってきたものです。

 アニメや映画、小説、ゲームなど、子供が夢中になる話には、普遍的なテーマが流れているものが多いと感じます。そこに何かしらの真理があるからこそ、子供達が純粋に反応するのだと思います。

 アニメの中のお決まりのパターンは、初めは弱かった主人公が修行をして強くなり、悪の権化である敵のボスを倒す、という流れです。子供心に、主人公が紆余曲折を経ながら、諦めることなく敵に立ち向かっていく姿に、爽快感を覚えたものです。

 

 

 大人になり、物事はそう単純じゃないかのように見えたこの世界。長い間、光を求め、光を目指すあまり、光以外は否定し、拒絶する癖がついていました。自分も自分以外も、光以外の部分は見たくないし認めたくもない。そこに「ある」ということを、なかなか受け入れられなかったのです。

 

 しかし、長い間模索して迷走して問いかけて、己に向き合いながら求め続けていった結果、やはりどうしても避けて通れない道があると気づいたのでした。

 

 光に向かって歩んでいくためには、まずは目を背けずにきちんと、正面きって向き合わなければいけない。拒絶するのでも否定するのでもなく、存在をまず認めて、その本質を知る。

 

 

 

 

 その覚悟を決めて以来、私は徹底的に「闇」と向き合うことにしたのです。