2023年

1月

23日

武将の悲哀

 戦国時代の書物を読んでいると、あの時代の武家社会に浸透していた、もののふとしての共通概念、パラダイムの影響力を強く感じます。いわゆる「義」を重んじ、主君に忠義を誓い、領土を守ることと拡張することに心血を注ぎ、武士としての名に恥じない生き方・死に方を全うする。

 特に、武士としてはその死にざまが無様であることは大変恥ずべきことであるという認識が強かったようで、切腹の仕方もいかに潔く豪傑であるか、ということが重要でした。

 ある記録に次のような記述があります。敵に追い詰められたある武将の奥方が脇差で自決した後、供をしていた乳母が同じ脇差で喉を突いて果てます。すると、そばに控えていた付き人の男が、「女がこのように潔く死んでいるのに、男としてこれに劣るわけにはいかない。この場を去って城に戻り、戦に参陣して活躍したとしても、周囲にみせる顔がない」といって、戦場に戻る選択をせず、そこで腹を十文字に掻き切り、はらわたを引き抜いて喉を突いて(この切腹の仕方は潔いものとされていた)果てました。

 このように、武士として逃げる姿勢をみせることは、当時は大変恥ずべき事でした。あの時代、自分が武士として潔く生き・死んだことが、いかに周囲や子孫に伝わるかということを、強く意識していたことが伝わってきます。「面目」「末代までの恥」「末代までの名誉」という文言は、この時代の文章に頻繁に出てきます。

 また戦国の世では、主君が亡くなるとその後を追って臣下が自殺をする「殉死」という風習がありました。影響力のあった武将が亡くなると、二桁にも上る殉死者が出ることもあったようです。更に、殉死の殉死(主君の後を追った臣下の臣下がその後を追う)などもありました。今では考えられない風習ですが、この時代は、臣下が主君に対して命を投げ出して忠義を示すことの意義が、非常に大きかったのです。

 

 

 武士というと、勇猛果敢で豪胆なイメージがありますが、戦いに明け暮れていた武士たちが、一方では芸能を愛し、洗練された和歌や文章を残していることを、様々な記録によって知ることができます。信長公が舞を好み、自らも時々舞っていたことは有名ですが、他にも茶の湯や相撲を楽しみ、武具や装束も細部までこだわりをもって作らせるなど、おしゃれのセンスでも当時の最先端を走っていたようです。一流の絵師に描かせた安土城の数々の襖絵は、息をのむほどの美しさであったと、訪れた人が記しています。多くの戦場で勇壮な立ち居振る舞いをする一方、繊細で優美なセンスの持ち主でもあったようです。

 伊達政宗公の父である輝宗(てるむね)公は、能を好みました。奥州という都から離れた場所にありながら、能楽に力を入れ、能楽師を雇ったり能楽堂を立てたりと、戦闘だけでなく芸術の振興にも努めていました。そんな輝宗公でしたから、跡取りである息子政宗に対する教育にも力を注ぎ、遠方から著名な僧侶を招いて、政宗の教育者にあてがいます。政宗は幼少の頃より頭脳明晰だっただけでなく、和歌もよく詠んだとのことで、11歳の時に一族の連歌の会に参加した時の歌「暮わかぬ月になる夜の道すか(が)ら」が残されています。当代一流の僧侶から教育を受けた成果もあってか、政宗は武芸のみならず文芸の才も花開きました。23歳の時、小田原攻で初めて秀吉の元に馳せ参じた際、遅参を責められてしばしの間幽閉を余儀なくされます。首も飛ぶかもしれないという危機的な状況の中、政宗は大胆にも千利休に茶の湯を習いたい、と申し出ます。奥州のどんな田舎者がやってくるのかと思っていた秀吉は、政宗の意外な文化人ぶりと豪胆さを面白く思ったのか、遅参を許し、その後も何かと目をかけるようになります。

 

 源平合戦の時代から戦国時代末期まで、瀬戸内海を中心に活躍した村上水軍ですが、こちらも豪傑な海賊集団のイメージからは想像できないような、繊細で哀愁漂う数々の歌を残しています。村上水軍の1グループである三島村上水軍は、伊予の国大三島に鎮座する大山祇(おおやまつみ)神社を信仰していました。合戦に赴く前には、よくここで先勝祈願を行い、その際風流なことに奉納連歌を行っていました。そこで詠まれた膨大な数の歌が、今でも神社に残されています。その一部をご紹介します。

 

旅衣末はるかなるやどりにて 

こぎぬる船にかねぞくれける

なか(が)き日もわずかになみの浦つたい

なきにし雁もこえかすむなり

 

とにかくに今際(いまわ)の身こそ悲しけれ

末は必ず仕えん御ほとけ

とうほども涙にちぎる秋の袖

したしかりつる中のふる塚

 

ますらをが弓づるほのかにかき鳴らし

はばさす玉こそ世にはあだなれ

武士(もののふ)は老いても心ゆるさじな

よむ歌にこそ名をものこさめ

 

あかつきの別れの鳥は鴫(しぎ)の声

田面(たも)の庵を出るますらを

ねざめてはそれかあらぬかほととぎす

なごりかなしきよこ雲のそら

 

のがれても世のほかならぬ山の中

幾度なれし戦いのにわ

数々の思いあまりて捨る身に

つらきむかしぞいまもくるしき

 

やみとなる心は月もなにならで

あさくおもうな親と子の中

別れてもただうちそうる心して

親のすがたをのこすうつし絵

 

ろうたきの匂いもふかき夕まぐれ

これをや恋のかたみともせん

物おもうこいのみちこそ哀れなり

こころの末をいつかしられん

 

手枕にむすびとめてよ夜半の夢

あさくなりぬるあかつきのそら

かたみとぞ思う扇に手をそえて

折々におう人の移り香

 

慕えども今朝の別れを留めかねて

散りゆく花のおしき雨かげ

夜な夜なの面影のみやしたうらん

なかなかきえぬ袖のうつり香

 

 

 これらは皆、戦いに赴く前の海軍武士たちが交互に詠んだ歌です。心の内が込められた歌の数々を読んでいると、故郷や家族、恋人の元を離れて戦地へと向かう武士たちの、胸が詰まる程の哀愁が伝わってきます。勇ましい武士とはいえ、人は人です。時流と環境に抗えず、大きな波に身を委ねざるを得なかったこの時代の武士たちは、表向きの勇猛さはさておいて、心の内では人間としての苦しみや悲しみ、葛藤を抱えていたのではないか。心の底から喜び勇んで戦場に向かう人など、本当はいなかったのではないだろうか。そんな風に感じます。

 

 そんな切ない武士の心情が強烈に伝わってくる、一つの遺書があります。信長の小姓として最期まで付き従った森蘭丸の兄、森長可(ながよし)の残した書状です。

 長可は、父可成(よしなり)の代から信長に仕え、可成が浅井・朝倉軍との戦いで討死した後、13歳で家督を継ぎます。勇猛果敢な武将として数々の戦で名を挙げ、信長が本能寺で死んだ後は、秀吉につくことを選びます。そして、本能寺の2年後に秀吉と家康が戦った小牧・長久手の戦いにおいて討死、27歳で生涯を閉じることになります。その戦いの直前に書いた遺書が残っています。

 大切な壺や茶碗、刀の類を誰それに渡してください、といった内容と一緒に、「母は生活できるだけの堪忍分を秀吉様からもらい、京に入るように算段してください」と母親を気遣う文、そして、末の弟千丸のことを、「千丸に私の跡を継がせるのはいやでございます」と書いています。更に、娘のおこうについて、「京の町人のところに嫁がせるようお願いします。薬師のような人に嫁がせるのがいいと思います」と書いているのが胸を突きます。長可には、蘭丸の下に坊丸、力丸、千丸という3人の弟がいたのですが、蘭丸・坊丸・力丸の3人は、本能寺の変で同時に亡くなっています。千丸自身は信長の小姓になりたいと望んだとのことですが、幼少ゆえにまだ奉公に上がってはいなかったので、命拾いをしました。

 父親と3人の弟を戦で亡くし、自分自身もこの後の戦いで討死するかもしれない。そんな状況の中で、武士としての家の存続よりも、1人の人間として、生き残った末の弟の身の上を案じているのが印象的です。もしかしたら、夫と息子を相次いで亡くした長可の母親の胸の内を慮った可能性もあります。戦国の世ではよくあったこととはいえ、3人(そしてすぐに4人目も)の息子を次々に亡くした母親の気持ちはいかほどのものだったか、記録には残っていませんが、察するに余りあります。そして、娘には武家に嫁がせたくない。そんな素直な父親としての心情も、痛々しいほど伝わってきます。いくら武勲を挙げ、名誉を得たとしても、家族を亡くす痛みや、家族を残して散る身の虚しさを、自分以外の愛する人には味わわせたくない。そんな人としての率直な想いが、この遺書から滲み出ています。

 

 

 義を重んじ、名誉の死を望んだ武家社会の道徳概念と生死観。それは確かに強烈に浸透していたたに違いありませんが、必ずしも全員が、そのパラダイムに完全に飲み込まれていたわけではないように感じます。盲従しようにも仕切れなかった哀しき武士たちも、少なからずいたのではないか。芸術を愛し、繊細な心の内を歌という形で残し、家族の幸福を願ってできる限りの対処を望んだ、人間としての武士たち。世の無常さに直面しつつ、人としての心を失わずにいかにして自分を保っていたのか。あの時代に生きた人たちのタフさには頭が下がります。

 

 

【参考文献】

 

「仙道軍記;岩磐軍記集」歴史図書社

「伊達史料集(上)」戦国史料叢書10 小林清治

「村上水軍全史」新人物往来社 森本繁

「戦国武将の手紙を読む」中公新書 小和田哲夫

 

2023年

1月

20日

怒りについてⅥ

 ”怒り”という感情は、一般的にはネガティブなものと捉えられていますし、実際心に抱く感情としては心地よいものではないかもしれません。

 しかし、これまでにみてきたように、怒りが私たちに教えてくれることはたくさんありますし、私たちの内側に本当は何があるのか、怒りという感情を通して気づくことができます。

 

 怒りが沸き出てきてつらい、「怒らない自分」になりたい、と望んだ際、一生懸命”怒り”そのものを消そうと努力したことがあったかもしれません。深呼吸をしてみたり、別のことを考えてみたり、楽しいことに目を向けてみたり、好きなことでリラックスしたり・・

 こうしたことはもちろん、冷静な自分になるために大きな助けとなってくれますが、これだけで終わってしまっていたとしたら、怒りの根本原因を解決したことにはなりません。エッセンスにも、怒りを浄化してくれるものもあります。こうしたエッセンスを飲んでいると、確かに”怒り”がおさまり、一時楽になります。しかしやはり、本当はこれでおしまいではないのです。エッセンスを飲んで感情が一時静まったら、その時こそが内面に目を向けるチャンスです。落ち着いて、冷静に、自分の内側に何があるのか、何が怒りを引き起こしているのか、問いかけてみてください。

 

 怒りの大元が解消されないままであれば、一時的に怒りから解放されたように感じても、またきっかけがあれば必ず同じ反応が起こります。場所を変え人を変え、それはやってきます。そのきっかけは、私たちを痛めつけるために起こっているのではありません。気づかせるために起こっています。愛です。あなたを縛っているお荷物を手放しなさい、もうその時期ですよ、と教えてくれているのです。そして誰でも、その人の意思次第で、手放して自由になることができます。本当は、ツールさえも必要ではありません。いつだって、誰だってできることです。

 

 手放しのプロセスを選ばないこともできます。この世の中では、その選択をしている人の方が多いかもしれません。けれど、必要のない怒りを抱えて生きることは、心に重荷を背負って生きることであり、精神的に苦しいだけでなく、肉体にさえも良くない影響を及ぼします。感情もエネルギーです。周波数の低いネガティブな感情のエネルギーは、私たちのエネルギーフィールドを歪め、そこから様々な現象となって肉体に現れます。物理的な出来事として起こることもあります。私たちの身に起こっている現実は、私たち自身が創り出しているものです。

 

 人間なのですから、様々な感情が湧き起こることは当たり前のことです。恥ずかしいことでも何でもありません。肉体をまとっている以上は、感情から完全に解放されることはないでしょう。しかし、感情に支配される状態ではなく、感情をコントロールする状態になることはできます。手なずけるようなイメージです。

 ネガティブな感情を抱くことは「悪いこと」という認識を持っている人が多いかもしれません。実際は、ネガティブな感情ほど、私たちの心の内をわかりやすく映し出してくれるものですし、私たちが自由に楽に生きるための、道しるべとなってくれるものです。

 

 

2023年

1月

19日

怒りについてⅤ

 ”怒り”はネガティブな感情という認識が強いかもしれませんが、時には必要な怒りもあると思います。

 

 過去に、息子が学校で友達同士のトラブルに巻き込まれた時の話です。その問題の対応に当たった先生が、当事者の子供達に脅すようなことを言ったり、何時間も密室で怒鳴りながら尋問したりして、精神的に追い詰められる子が出てくる事態となりました。

 そのことを子供から聞いた私たち保護者は、これは問題だからきちんと抗議をしようという話になりました。そして、学校に掛け合って教頭・校長も含めた話し合いの場を設けてもらい、きちんと抗議をしました。教育者という立場である先生が、子供を傷つけるようなことをするのはおかしいのではないですか、対応の仕方が間違っているのではないですかと、親としての憤りをはっきりと伝えました。

 

 不正を摘発したり、犯罪行為を咎めたり、してはいけないことをした子供を親が叱ったり、といった場面で発する怒りは、相手に間違いに気づかせるパワーを含むと思います。

 

 

 ちなみに学校に抗議した際、個人的な感情だけで先生や学校を恨むことだけはしないようにしようと思いました。そのようなことをすれば、前回書いたリベンジループにはまることになるからです。怒りは放っておくといくらでも膨張するものなので、どこかで冷静にブレーキをかける意識を持たなければ、自分で自分をコントロールできなくなることさえあります。抗議をすることで、先生や学校に問題として認識してもらい、今後同じように傷つく子供が出ないようにしてもらうことが第一目的でした。なので、きちんとこちらの意見を伝え、それなりの対応をしてもらったら、あとはそれ以上責めたりせず、先生の心の状態も含めて全て良い方向に進むことだけに意識をフォーカスするようにしました(なかなか葛藤はありましたが)。

 

 物事が解決したら、もう終わったこととして執着しないことが、こういった体験をした際のポイントかと思います。怒りを必要以上に引きずってメリットとなることはありません。私自身も完璧にできているわけではありませんが、やはり根底に”愛”があること、これが基盤になっていれば、誤った方向にいくことはないのかなと思います。

 

 

2023年

1月

18日

怒りについてⅣ

 怒りのさらにもう一つのパターンを挙げます。

 

それは、

 

「自分が愛されていない」「自分が大切にされていない」

 

と感じる時に発する怒りです。

 

 街中でよく、他人とすれ違った際少し肩が当たっただけで激怒している人や、店員さんや係員さんの対応やちょっとしたミスに対して怒りを露わにしている人を見かけます。

 誰かに馬鹿にされたと感じた時、自分の意見が通らなかった時、話をちゃんと聞いてもらえなかった時、失礼な態度をとられた時、自分にとって大切な存在(こと、物、人、ペット、思想、アイドル、趣味、ect.)を軽んじられた時、無視された時・・・

 

 こうした時に湧き出てくる怒りは、自分という存在が大切に扱われていない、つまり愛されていないと感じた時の反応です。

 これまでの人生において、特に”愛されている”、”大切にされている”と感じることが少なかった人は特に、過敏に反応することが多いように思います。

 

 アンジェリックエッセンスに、「Being Completely Loved」というエッセンスがあります。これは、自分の内側を愛で満たしてくれるエネルギーです。

 愛を外へ求めるのではなく、まず自分の中を愛でいっぱいにする。自分で自分を大切にする。自分は本当はとても愛されている存在なのだということに気づく。

 

 自分の中が愛で満たされると、他者の反応は今までのようには気にならなくなっていきます。それは、愛を外側に求める必要性がなくなるのと、心が満たされたために思考にゆとりが生まれ、他者をそれまでとは違った見方でみることができるようになるからです。

 そして、過去の出来事も赦せるようになっていきます。あの時あの人が私に対してあんなにひどいことをしたのは、あの人の心に余裕がなかったからなのだな。あの人も苦しかったのだな。あの時人を傷つけるような言葉を発したのは、あの人自身が何かを恐れていたからなのだな。私を拒絶したのは、あの人自身が自分を受け入れられていなかったからなのだな。

 そういった、他者の痛みも愛の目線でみることができるようになります。

 

 

 トラウマの解消には、かならず「赦し」のプロセスが必要になってきます。そのためには、まずは自分の中の怒りに気づくこと(存在を否定しない)。そして、その怒りが何に反応して湧き起こっているのかを冷静に見つめること。そしてそこに愛を当て、手放す。

 

 恨みや怒りを抱えて生きていくのは、とてもしんどいことです。日常の些細な出来事や、目にすること耳にすることにいちいち怒りで反応するのも、しんどいです。過去にいじめられた経験を持つ人が、「この恨みは一生忘れない」と言っているのを時々耳にします。そんな心の状態が本当の幸せではないことに、本人もどこかでは気づいていると思うのですが、その人の中の何かが抵抗しているのだと思います。

「自分が成功することで、相手を見返してやる」

 と言っていたりもします。しかしたとえその人が定義する”成功”を手に入れたとしたって、心の中に恨みと怒りを抱えて生きていれば、決して真の平穏が訪れることはありません。

 

 長年抱いてきた恨みほど、手放す、つまり”赦す”ことを決意するのに抵抗をおぼえるものです。大概、決意するまでにかなりの葛藤があります。実際の赦しのプロセスというのは、”決意”をした時点で半分以上は終わっているようなものです。なぜなら本気で決意したのであれば、あとは自然の流れでプロセスが進んでいくからです。多くの人は、この決意をするまでに至らないまま、足踏み状態をしています。そして繰り返し、きっかけとなる出来事が起こる度に怒りを放出し、それを他人のせいにすることで、本当の原因は自分の中にあることに気づこうとしません。そもそも自分の中の恨みや怒りを冷静に見ようとさえしないまま、一生を終える人もたくさんいます。

 

「やられたらやり返す」

 

この古いパラダイムから、私たちはそろそろ脱却する時期に来ているのではないでしょうか。このパラダイムを壊し、傷つけ傷つけられるパターンから抜け出す人が増えれば、地球上のあらゆる現象が大きく変わっていくことでしょう。そしてそのためには、私たち一人一人が、強く意思を持ち、変わる決断をし、一個一個アクションを起こしていくしか道はないと思っています。

 

 

2023年

1月

12日

怒りについてⅢ

 怒りが生じる時の、もう一つのパターンを挙げます。それは、

 

「自分の中にある、”こうあるべき”という信念と、相反する言動をとっている人を目にしたとき」

 

と、

 

「自分の中にある、”もう手放した方が良い”習性やくせ、価値観を体現している人を目にしたとき」

 

です。

 

 私たちは、自分の内面を映し出して見せてくれる人を引き寄せることがあります。そういった場合、知らず知らずのうちに、相手に自分自身の姿や価値観を投影させて見てしまいます。そして、その反応として様々な感情が生じるのです。

 

 たとえば、ある人が、「人前に出る時は、きちんとした服装でなければいけない」という信念を持っていたとします。そうした時、その人の目の前に、「人前に出ているのに、とてもだらしない恰好をしている人」が現れたとします。すると、自分が強く信じている”こうあるべき”ルールに従っていないその人に対して、憤りをおぼえます。「どうしてきちんとした格好をしないのだろう」「もっとちゃんとした服を着るべきなのに」といった考えが渦巻き、それに伴った怒りやイライラといったネガティブな感情が生じます。

 ちなみにこの時、たとえ同じ信念を抱いていたとしても、「人は人、自分は自分」という許容がきちんとできていれば、さほどネガティブな感情は生まれません。信念自体に自分がどれだけ縛られているか、そして自分とは異なる考えや価値観をどれだけ受け入れられているか、相手の事情を察して慈愛の心で受け止めるゆとりがあるかどうか、という心の状態が関わってきます。

 

 また、ある人が、自分の遅刻癖を何とかしたいと考えているとします。自分の時間にルーズなところが嫌で、直したいと思っています。そうした時、自分と似ている、時間にルーズで遅刻ばかりしている人を目にしたとします。まるで自分の嫌な部分を鏡で映したようなその人の行動をみて、自分をみているかのように感じ、なんとなく嫌な気持ちになったり、その人に対して怒りの感情が芽生えることもあります。

 

 このようにわかりやすい事例もありますが、その人自身もあまり気づいていない、自分の深い部分にある”質”や観念、パターンを他者が映し出していることもあります。そうした場合、その人をみるとなぜこんなにイライラしてしまうのか、一見わからないことが多いです。負の感情から解放されたければ、自分の内面を深く見つめる必要があるのですが、なかなかそうしたところまで踏み込まないまま過ごしている人が大半かと思います。誰だって、自分の内側に深く入っていくことは怖いのです。また、とても大変な作業であることもどこかでわかっているので、なかなかお掃除の第一歩に踏み込めずに躊躇している人も多いかと思います。

 

 

 このパターンの怒りは、「寛容」「慈愛」「手放し」が鍵となります。どちらかというと、「手放し」に集中した方が良いです。そもそも、心のお掃除がある程度進まない限り、人間が「寛容」「慈愛」の心を持つことは難しいです。だから、仏教の教えでは繰り返し、執着を手放すことを教えているのです。

 自分の中にある、不必要な思い込みや価値観、パターンをどんどん手放していくことで、他者に対しても寛容になり、慈愛の心を持つことができるようになっていきます。子供じみた言動をとっている人がいたとしても、かつての自分の姿だと思えば、責めるのではなく、慈愛の気持ちでみることができます。何かに躓いてもがいている人がいたとしても、ああ今この人は何かを学ぼうとしているのだな、と寛容に見守ることができます。

 

 

2023年

1月

11日

怒りについてⅡ

 自分の本当の気持ちや思いを封印し、本来望んでいる生き方ではなく、周囲の期待や社会的通念などに合わせた生き方を選んでいる場合。一見周りと調和して、うまくまわっているように見えるかもしれません。けれど、自分自身に嘘をついているので、内面には鬱屈した感情が蓄積されていきます。

 そうしたものが溜まっている場合、ふとしたことがきっかけで、その感情が「怒り」となって表に出てくることがあります。よくあるきっかけをいくつか挙げてみます。

 

1.望み通りの人生を生き、喜びと幸せに満ちて輝いている人をみた時

 

・・・本当は自分もそのように生きたいのに、そのような生き方を選べていない現状が、羨望や嫉妬、ひいては怒りの感情を生むことがあります。「どうしてあの人だけが」とか、「私ばっかりなぜこのように我慢しなければいけないのか」という不満があったりします。実際のところ、本当はいつでも誰でも望み通りの人生を生き生きと送ることが可能なのですが、自分にはできない、無理だ、と思い込んでしまっているために、”できて”いる人を見るとイライラしてしまうのです。怒りの矛先は、相手だけでなく自分自身にも向けられています。

 

2.期待を裏切られた時

 

・・・色々我慢をしているので、思うようにことが進まなかったり、他人の選択が自分の期待とは違うものだったりした場合、受け入れることが難しくなります。根底には、「自分の犠牲に見合った結果を受け取るのは当然」「自分はこんなに我慢しているのだから、相手も我慢をするべき」といった思いがあります。心の声に従って生きていれば、結果にはあまり執着しないものです。

 

3.感謝・評価をされない時

 

・・・自分が我慢をし、犠牲を払っている分、どこかで他人からの感謝や評価を期待してしまいます。そこには、「こんなに頑張っている自分、我慢している自分に気づいてもらいたい」という思いがあります。気づいてもらえていない時や、反応がない時、どうして私のこの苦労・苦しみをわ

ってくれないのか、という怒りが沸いてきます。

 

4.チャンスを取り逃がしている時

 

・・・そうはいっても、宇宙はいつだって、「あなたの本来の生き方はこっちですよ」というサインを送ってきます。そこに気づいていはいるのだけれど気づかないふりをしたり、無視したり、「今はできない」と先延ばしにしてしまうと、そういった選択をしている自分に怒りが沸いてくることがあります。本質とは違う生き方をしている自分には、常にどこかで違和感を感じるものです。自分のことが好きになれない、肯定することができないという場合、自分という存在を受け入れられないのではなく、その生き方を受け入れることができていなかったりします。

 

 

 自分の本当の思いに素直に従って生きていれば、他人の状況や、他人からの反応が気にならなくなります。なぜなら、自分と神(Source)との関係性だけが大事だという感覚が強くなるからです。他の人の生き方や自分がどう思われているかなど、本来気にする必要がないのです。もちろん、振り回されない程度に参考にすることは大事かと思いますし、全く周囲に合わせず生きていくことは現実的ではありません。わがままになり過ぎないように注意を払う必要はあると思います。けれど、必要以上に周囲を気にして生きていると、自分の声が聴きづらくなります。答えは外にあるのではなく、内側にあります。内側に意識を向け、内なる声を聴いていれば、間違った方向に導かれることはありません。ここに信頼を置くことができていれば、周りで起こっている出来事や、他人の言動にいちいち感情が大きく揺れ動くことも減っていきます。