2021年

6月

22日

霊性の時代

 人類が地球に現われて以来、何十万年もの歴史の中で、私たちは長い間、飢餓との闘いを強いられてきました。今のような飽食の時代になったのは、ほんの最近のことです。現代の人々の主な死因は心臓疾患や癌といった病気ですが、かつては飢えや伝染病、ケガ、そして誰かに殺されることが主な死因でした。

 こうした時代が長い間続いてきたために、私たちの体(脳)は、どうしたら飢餓から生き延びられるか、どうしたら敵から身を守れるかといった、動物的な反応を司る分野が大きく発達しました。人がカロリーの高い食べ物を欲する傾向があるのは、かつては食べ物が常にあったわけではないので、できるだけエネルギーをためておく必要があったからです。蛇や雷の音に敏感に反応し、警戒したり恐怖心が芽生えるのも、生存本能が働くからです。"Fight or Flight"(闘争か逃走か)という状況下では、こうした危機管理能力の高い人間ほど生き延びる確率が高くなりました。

 

 時代が変わり、環境が大きく変わってはいても、私たちの基本的な肉体構造はほとんど変わっていません。だから、もうそんなにエネルギーをためておく必要性がないのに、脂肪分の多い食事に魅かれてたくさん食べてしまったり、他人に対して必要以上に警戒心を抱いてしまいます。人は恐怖心を感じると、脳にアラームが鳴り、戦闘モードがオンになります。その際、理性を司る部分は後ろに引っ込んでしまうため、落ち着いて考えて行動することが難しくなります。

 ストレスをため込んでいる時も、脳はそのような状態になります。理性が働きにくくなるのです。視野が狭くなり、自分を取り巻く状況を客観的に眺めるのが難しくなり、怒りやすくなります。人間が危機的状況に置かれた際、優先されるのは、落ち着いて理性で考える能力ではなく、その場を生き延びるために瞬時に動く能力です。攻撃的になったり、逃走本能が働いたり。

 

 私たちが、理性的になることができず、不安などの感情が優位になっているように感じる時、まずはストレスを逃し、リラックスすることが大切なのは、こういったメカニズムがあるからです。

 

 

 

 

 それから、大事なのはもう一つ。私たちは、肉体だけの存在ではないということに気づくことです。私たちは、肉体と同時に霊体ももっています(2つがハッキリ分かれているわけではなく、繋がっています)。私たちが普段認識しているのは、肉体の方が多いのではないかと思います。物理次元で生活しているのですから、当然ではあります。ただ、人間が肉体だけの存在で、肉体に全てを支配されていると考えてしまうと、行き詰まることになります。私たちは、霊体、つまり魂の存在でもあるわけで、こっちが本来の姿だからです。魂の声をきかずに、肉体次元で判断してばかりいると、本来の目的や望みと合わなくなり、様々なことがうまくいかなくなります。

 

 行き詰まった感じがしたり、同じパターンを繰り返していたり、ネガティブな感情ばかりが沸き上がってくるような時は、一度頭を空っぽにして、気持ちを落ち着かせ、魂の声をきいてみることをお勧めします。魂の声がきこえないというのは、きっと忙しすぎたり、頭が特定の考えでいっぱいだったり(とらわれ)、感情的になり過ぎていたりして、雑音をきいてしまっているのです。魂とのつながりがなくなることは絶対にありません。

 

 そして普段から、魂を前面に出す、ということを意識的にしていくこと。霊性の時代に突入した今、そうすることが比較的容易になってきています。肉体、動物的な本能に支配され、それが優位である人の方が生き延びやすかった時代は、終息に近づいてきています。こうした流れは、今後加速していくでしょう。エネルギーや、霊的な世界への関心も、年々高まってきています。物理次元にばかり目を向けるのではなく、魂レベルで感じ、判断し、動いていく。そんな生き方が時流に合った生き方になってきています。

 

 

2021年

6月

18日

愛を求める行為

 人の行動は、大きなくくりでいうと、『愛を表現する行動』か、『愛を求める行動』に分けられると思います。犬をなでる、優しい言葉をかける、誰かを笑わせる、体をいたわる・・こういった行動は、『愛を表現する行動』です。映画を観て泣く、というのも、愛の表現になると思います。

 

 誰かに怒りをぶつける、どなる、ねたむ、恨む、ひがむ、憎む・・・こういった行動は、大元では、愛を求めているから起こっていることです。

 

 よく、人とぶつかって、キレたりどなったりしている人がいます。そういう場面をみると私は、「ああこの人は、愛を求めているんだな」と思います。その人は恐らく、自分が大切にされなかったように感じて、怒りが生じているのです。

 

 仲違いしている人達の様子をみても、結局は、両者とも愛を求めているだけなんだなと思います。お互いが、お互いから、大事にされていないと感じてしまい、悲しくなったり、怒りが湧いてきたりしているのです。

 その証拠に、どちらか一方が、「ごめんなさい。私が悪かったわ」と一言発しただけで、そこに愛が流れ、怒りが消え、仲が戻ったりします。もしくは、何らかの形で「あなたのことを大切に思っている」という思いが伝わったことで、雪解けが起こることもあります。解決するには、愛が必要なのです。

 

 SNSなどでの中傷が社会問題となっていますが、会ったこともない人に対して辛辣な言葉を吐くという行為も、愛が足りていない、愛がもっと欲しいと感じていることから生じていると思います。内側が愛で満たされている人は、他人に意地悪なことをしたり言ったりなどしません。愛で満たされていれば、愛を表現する行動にエネルギーを注ぐでしょう。愛の大きさと、愛の強さ、何かを変えるには愛するしかないということを、体感として理解したなら、愛を求めて誰かを傷つけるより、愛を表現する方を選ぶはずです。

 

 

 そうはいっても人間は人間。そんなに常に完璧に愛だけを表現できるとも限りません。うまく愛を表現できなかったからといって、自分を責めずに、そんな完璧ではない自分を愛してあげてください。自分を責めている間は、内側から愛が広がっていきません。萎縮してしまいます。そうすると結局、他人に優しくすることも難しくなるのです。

 

 最近殺伐としているなと感じたら、温かいお風呂にお気に入りのバスソルトを入れてゆっくり浸かるとか、好きなドラマや映画をみるとか、お笑いをみてたくさん笑うとか、大好きな食べ物を食べるとかして、自分に優しくしてあげてください。バランスが大事です。「してあげたい」「やらなきゃ」という思いだけが先行していても、エネルギーが枯渇していたら動けないのです。

 

 どうしても体が動かなかったら、少し休んで、パワーチャージして、自分を大切にして、それから愛を表現してみてください。

 

 

 愛を感じることができずに、愛してもらいたくて、ネガティブな行動に走っている人たちに対して、非難することだけではなく、その人がなぜそのような行為をするのか、背景にも目が向けられ、理解するということにもっと力が注がれるといいなと思います。先日、19歳の少年が人を刺して逃亡するという事件がありました。彼は捕まったあと、「自分は愛されていないと感じていた」と述べたそうです。

 世の中で、凄惨な事件を起こした人の生い立ちをきくと、大概は、聞くだけで身も凍るような、愛に飢えた幼少期を送っています。どこかで、たっぷりの愛が注がれていれば、ハートがシャットアウトすることもなかったかもしれません。もちろん、人を傷つける行為は認められないことですが、ただ責めて罰しているだけでは、癒しが起こることは難しいのではないかと思います。どこかの段階で癒しと浄化が起こらなければ、次にまた同じことが繰り返されることになります。

 

 

 私たちが、お互いを理解して、赦し合い、罰ではなく愛で解決できるようになる日が、いつか来ると思っています。

 

2021年

6月

15日

捨てること

 宗教やスピリチュアルを謳う本は巷に溢れていますが、ざっと見ただけでも、その多くが、いかに「手に入れる」かということにフォーカスしているなと感じます。家、お金、財産、仕事、名声、良い人間関係、等々。

 

 何かを得たからといって人は満足するのかというと、実際は、手に入れた瞬間に「もっと」という欲求が生じます。なので、物質的なものや、数字で計れるような何かを得ることをゴールにしているうちは、本当の意味で満たされることはありません。そもそも、手に入れたものや力の大きさで幸せが計れるなら、巨万の富を築いた人や、大きな権力を握った人ほど幸せということになりますが、そうではないことは誰がみても明らかです。

 

 イエス様もお釈迦様も、何かを手に入れることではなく、「捨てる」こと、「手放す」ことを繰り返し繰り返し教え諭しています。物理的な所有物を捨てるということではなく、自分の心の中のお荷物を捨てること。今の苦しみを生み出している元となる要素を突き止め、それを手放すこと。何かにしがみついているうちは、苦しみから逃れられないということを、様々な事例を挙げて説明しています。

 

 スピリチュアルな世界にいる人たちが全て真理を悟っているわけではないので、情報を取り入れる際は、どの段階にいる人がそれを書いている(または語っている)のかということには、いつも注意を払います。

 

 基本的に、最初に書いたように、何かを「手に入れる」ことを目標にしている人や、語っている内容の多くが他者への批判に終始している人は、その人自身がまだまだ捨てることがある段階なのだろうなと思います。真に目覚めた人ほど、何かを得ることに執着がなくなるものですし、この世に善も悪も正しいも間違いもないという悟りに達しているので、他人を批判することにエネルギーを注いだりしません。

 

 もちろん、この世で生活していく以上は、物質的な所有なくしては生きてはいけませんから、それ自体を否定するつもりはありません。けれど、所有自体をゴールにして生きていくと、かえって満たされないということに気づいたので、もう何かを得ることを最終目的にしようとは思わなくなりました。

 

 何かを捨てることは、決断するまでが大変で、必ず抵抗が生じます。けれど、いざ捨ててみると、その分縛りから解放されるので、自分の領域が広がった感覚が得られます。自由で、軽い感じになっていきます。まだまだ捨てきれていないものがたくさんありますが、根気強く、やっていこうと思います。

 

2021年

6月

01日

火を消すのは自分

 キャンプに行って、火を起こす時のことを考えてみてください。火が弱いなと感じたら、薪をくべます。反対に、強すぎるなと思ったら、くべる量を減らします。火を強くするか弱くするかは、私たちの選択にかかっています。

 

 感情についても、同じことがいえます。例えば何かに対して怒りが湧いてきた時。それは起こった出来事に対して、個人的な反応が起こることによって生じています。

 

 その湧いてきた怒りを、そのまま燃え上がらせるのか、それとも鎮火させるのか。それを選ぶのは、私たちです。選んでいないと思うかもしれませんが、選んでいるのです。

 

 怒りに限らず、あらゆる感情が常に沸いては消え、沸いては消えていきます。人間である限り、感情から完全に解放されることはないでしょう。感情が肥大化し、そこに飲み込まれて圧倒されたようになることもあります。そういったことが起こったとしても(それが良いとか悪いということではありません)、その状態を維持するのか、そこからさっさと退出するのか。どちらを選ぶのか、私たちが決めています。

 

 沸いてきた感情に逐一翻弄されることなく、サッと流す。これは訓練次第で、できるようになります。

 

 そのためにはまず、感情に対して意識的になること、そして客観視することが重要です。感情は、コントロール不能なモンスターではありません。主導権は、自分が握っています。コントロールできるものなのです。

 

 心を静め、フラットな状態にさせるために、瞑想は効果的です。瞑想の習慣がつくと、感情を冷静に眺められるようになります。フラワーエッセンスも、感情を客観視するのを助けてくれます。浄化のスピードも速まります。

 

 感情に対して落ち着いて向き合えるようになってきたら、今度はその出所に目を向ける段階に進みます。この感情は、私の「何」に反応して生じているのか。繰り返し沸き起こってくる感情が、いつも似たようなシチュエーションで生じていることに気づいたりします。

 

 それがわかったら、今度は手放しです。繰り返し同じような状況で、同じような感情に苛まれ、苦しい思いをしたくないのだったら、その原因を手放せばいいのです。大抵の場合、この段階で葛藤が生じます。どこかではわかっているのだけれど、なかなか決心がつかない状態です。もしかしたら、抱えている問題次第では、何年もこの段階で足踏みしているかもしれません。意識に深く根付いている信念ほど、手放すのにエネルギーがいります。あまりにも長い間自分の中にあった場合、自分が特定の固定観念を抱いていることにすら気づかないことが多いです。気づかないくらい当たり前になってしまって、一体化しているのです。

 

 

 こうしたプロセスは、何度も何度も、お掃除が終わらない限りは延々と続きます。いきなり大浄化が起こって、一気に楽になるなんていうことはまずありません。一つずつ、根気強く、やっていかなければいけません。忍耐、忍耐、忍耐。一歩進んではまた戻り、の繰り返しです。がっかりすることもたくさんあるかもしれません。でも、あきらめずに、少しずつでもお掃除を進めていけば、感情の奴隷でいるよりもはるかに楽になれるでしょう。

 

 

2021年

5月

31日

知っている悪魔の方がまし?

 "Better the devil you know than the devil you don't" 

 

 英語のラジオなどを聴いていると時々耳にする表現です。日本語で言うと、「知らない悪魔より、知っている悪魔の方がまし」といった意味です。

 

 人が変わるためには、強い意思とエネルギーが必要という話は何度もしてきました。たとえ現状にちっとも満足していなかったとしても、何が待ち受けているかわからない変革を起こすより、今の状況に安住することを、人は選びがちです。それは何かが自分の足を引っ張っているからなのですが、この「何か」というのを、人間のマインドは簡単に、他人や置かれた環境のせいにします。こんな環境で育ったから、親が反対しているから、経験がないから、お金がないから、パートナーがゆるしてくれないから、時間がないから、自分には能力がないから、周りに何か言われそうだから、どうせ失敗するから、誰もやっていないから、etc,etc...

 

 なんだかんだで頭が納得する理由を見つけて、それを自分に言い聞かせる。けれど心の奥底では、今の状態から脱却することを望んでいる。だからずっとモヤモヤした違和感があるし、どこか息苦しい、自由じゃない感じがするし、「私」が殺されているような気がするのです。

 

 それでもやはり、不安や疑心の方が勝っていると、なかなか最初の一歩が踏み出せないものです。

 

 となると、まず最初に取り組むべきことは、自分の恐怖心と向き合うことです。私は何を恐れているのか。何を失うことが怖いのか。客観的に見えてくると、恐怖心が薄れていきますし、行動を起こしやすくなります。

 

 肉親やパートナー(友人や先生、仕事関係の人も)ともうすでにうまくいかなくなっていて、自分らしく生きるためには物理的な距離を置いた方が良いことを心のどこかではわかっているのだけれど、なぜか一緒にいることを選んでしまっている方は、本当にたくさんいらっしゃいます。

 

 様々な事情もあることでしょう。けれど、たとえ一時経済的に苦しくなったとしても、多少孤独になるとしても、周りであれこれ言う人がいたとしても、この先もずっと窮屈で縛られた生活を続けるよりは、自由で、自分らしく生きられる方が千倍ましではないでしょうか。

 

 自分らしく生きる決心をした人は、宇宙がサポートしてくれます。案外、あれこれ考えるより思い切って行動を起こしてみると、考えていたような障害は起こらなかったりします。抱いていた恐怖は、実は幻で、本当は恐れを恐れていただけだったということに、行動を起こしてみると気づくものです。

 

 人の不安につけこんで、他人の心をコントロールするのが上手なタイプの人もいます。お互い無意識でコントロールをする・される関係に陥っている場合もあります(こちらの方が多いかもしれません)。いずれにしても、そこから脱却したいと本気で望んでいるのなら、とにかく何かしらのアクションを起こしてみることです。恐れは幻です。具体的に動いていると、その事実がみえてきます。

 

 

『どんなに高い代償を払っても、自由を手放してはいけない』。

 

 中世の昔から高い自治制を保っていた、イタリアのとある都市国家の広場に刻まれている言葉です。何を失おうとも、自由ほど尊いものはありません。物理的な環境など、宇宙が面倒をみてくれます。心の自由、魂の自由を感じずに生きるのは本当につらいことです。そこから脱却することは、できないと思い込んでいるだけで、本当はいつでもできることなのです。

 

2021年

5月

29日

ヒマラヤの女性から学ぶこと

 小さい頃から、自分とは全く異なる生活圏に住み、全く異なる生活を送る人々の様子を見たり聞いたりするのが好きでした。

 

 今は動画で簡単に地球の反対側にいる人々の生活の様子などが見られるようになり、とても興味を惹かれます。特に最近気になっているのが、ヒマラヤの麓の山々で、過酷な環境の中でも逞しく生きている人々の動画です。電気やガス、水道といった設備はなく、ほとんど自給自足に近い生活を送るそれらの人々の暮らしは、恐らく何百年も昔からほとんど変わらないのではないかと思われるくらい、素朴で自然と一体化したものです。小さい子供も水くみや家畜の世話、食事の支度などを積極的に手伝い、嫌そうなそぶりさえ見せません。生きるため、生活するために自分が動く、つまり働くということが、当たり前に受け入れられているように感じます。こういうごくシンプルな生活スタイルを目にすると、文明化が進んだ社会が、あまりにもいろいろなことが複雑になっているように思えてきます。きっとその分、考えることや不満に思うことが増えてしまうのだろうなとも思います。

 

 彼らの生活を映した動画を見ながら、文明って何だろうと考える日々を送っていた私は、ある時、ある動画に出てくる一人の女性に目が留まりました。その女性は、一年前に夫をなくし、近所に家一軒見当たらないような山奥の小さな小屋で、10歳くらいの男の子と、赤ん坊一人を抱えながら生活しているのでした。当然電気ガス水道といったインフラは全く整っておらず、住んでいる小屋も、嵐が来たら吹き飛ばされてしまいそうなくらい頼りなく見えます。家の隣に小さな畑があるのですが、人手が足りないためか、作物も十分に育っていません。食べるものがあまりないようで、ある時など、お鍋の底にこびりついてカピカピになった、わずかなおかゆの残りを息子に食べさせていました。暖を取るための手段もなく、恐らく大変に寒いと思われる中で、ボロボロになった布を何枚も赤ん坊に巻き付けて、寒さから守ってあげているのでした。

 

 文明化社会で育ってきた立場で見れば、普通は「貧しさ」や「虚しさ」といった視点でこの女性を見てしまうと思います。ところが彼女自身は、いつも大変穏やかな表情で、不思議と満ち足りた様子でいるのです。食べ物も、自分は食べずに子供にあげているので、ガリガリに痩せています。夫を病気で亡くしているので、この先も恐らく一人で子供を育てていかなければいけないでしょう。そうした状況でも、彼女からはまるで悲壮感というものが感じられないのです。それどころか、なけなしの食事を子供に与えている時の慈愛に満ちた表情や、赤ん坊を片手に抱えながら鍬で畑を耕す時の笑顔からは、至福さえ伝わってきます。一体このような状況で、なぜ彼女は幸せに満ちていられるのだろう。なぜ笑顔でいられるのだろう。物質的価値観にどっぷりと浸かった視点で見てしまうと、彼女の内なる幸福は信じられないかもしれません。

 

 この動画はシリーズのようになっていて、実はその後の彼女の様子が記録されています。それを見ると、更に興味深いことになっていきます。この動画を撮影した人や、それを見た人々が、彼女を助けたいという気持ちになり、世界各国から次々と寄付が集まったのです。お金だけでなく、あちこちから人材も集まるようになり、あれよあれよという間に、あの今にも倒れそうだった彼女の家は立派に改築され、水道も引かれ、更に遠くにいっていた一番上の息子も呼び戻すことができました。

 

 私はこの様子をみて、彼女の内なる状態と釣り合っていなかった現実が、ようやく釣り合ったのだなと思いました。

 

 ただし当の本人は、家がボロボロだった時と、立派に改築された後とで、何ら変わりがない様子なのが印象的でした。きっと彼女は、貧しいままの状態でいたとしても、常に笑顔でいたことでしょう。内なる至福に満ちている人は、周囲の現象などあまり関係ないのかもしれません。

 

 

 

2021年

5月

28日

次の段階

 アンジェリックエッセンスには、説明だけきいていると不思議に感じるものがいくつかあります。『The Next Level』(次のレベル)というエッセンスは、そのうちの一つです。エッセンスの解説は以下の通りです↓

 

『The Next Level』

とても高いバイブレーションのエッセンス。次の段階の意識や存在のエネルギーのようです。現存するエネルギーより高いエネルギーで、私たちがより高次の意識とバイブレーションへ進化することを助けてくれます。 私(ルース)がこのエッセンスを初めてつくって試したところ、エネルギーに満たされ充電されました。エネルギーを見たり感じたりする私の能力が高められたようです。このエッセンスは、その人のバイブレーションを引き上げるのにぴったりです。

~(株)ネイチャーワールドのホームページより抜粋~

 

 作り手のルースさん自身も、エッセンスが出来上がってからでないと、そのエッセンスのバイブ

レーションがどんなものなのか、わからないようです。

 

 

 私がこのエッセンスを試したくなるのは、「自分では次の目標が明確にわかっていて、そこにいきたいのだけれど、どうしてもそれまでの習慣や、過去の記憶に足を引っ張られてしまい、なかなか次の段階に進めずにいる時」です。頭ではわかっているのだけれど、現実的になかなか動きだせずにいる、そんな停滞したような状態です。そんな時は、まずは自分のバイブレーションを上げてしまうのが手っ取り早いです。様々な方法があると思いますが、私はこのエッセンスの力(高次の力)を借りて、エネルギーを高めてもらいます。そうすると、高まったエネルギーフィールドにそぐわない、古いエネルギーが自然と去っていきます。

 

 人間は常に内なる成長を続けていく存在です。何かを学んだからといって、それで終了ということはなく、次から次へと課題がやってきます。一つの学びが完了しても、また次の段階へ進むための課題が目の前に現われます。ずっと成長し続けなければいけないのです。

 

 成長の過程で障害となるのは、それまで継続し続けてきた習慣(物理的な習慣に限らず、思い癖や考え方のパターン)や、過去の経験です。今までこうだったから、これからもこうなる。過去にできなかったのだから、今後も無理だろう。人間は自然とこのような、過去に引っ張られた考え方をしてしまいます。過去を称賛しているわけではなくても、です。これまでやったことがないことにチャレンジすることや、それまでの自分とは違う自分になることが怖かったり、上手くいかなかったときのことを考えてしまい、ひるんでしまうのです。疑心と恐れというエゴの罠にはまってしまっている状態です。

 

 『The Next Level』は、エネルギーが先にグンと引き上げられ、とりあえずそういった頭の中のゴチャゴチャしたおしゃべりが吹っ飛ばされていくような感覚があります。ただし、このエッセンスの恩恵を深く受けるためには、その人本人の「変わりたい」という強い決意が必要不可欠かと思います。自分が変わるためには、時には勇気のいる行動をしなければいけないこともありますし、それまでにこだわっていた何かを捨てなければいけないこともあります。そんな時、それまでと変わらない世界に安住し、過去と同じ自分でいることは、一種の安心感を得られる場合もあります。変わることよりも、過去と同じ状態を選んでしまうのは、この見せかけの安心感に心を引っ張られ、「このままでいいんだ」と自分に言い聞かせている時です。

 

 恐れを払拭するくらいの強い意思を持った時、このエッセンスは、望む方向に一気に導いてくれます。迷いがなくなります。そして、それまでどうしてもマインドに引っ張られてうまくいかなかったことが、フッと楽にできるようになったりします。

 

 高次の存在は、魂の成長を心から望む人に対しては、協力を惜しみません。「求めよ、さらば与えられん」です。その望みが高い志からくるものであればあるほど、強力なサポートがやってきます。

 

2021年

5月

27日

コロナ禍で役に立ってくれそうなエッセンス

 思っていた以上にコロナはしぶとく、閉そく感が靄のように私たちを覆っています。私たち個人個人で置かれている状況は異なるでしょうが、人々の意識のフィールドは、深い部分でつながっています。いくら個人的な生活が守られていようと、周囲の人々や集団(地域、国家、地球)に蔓延する鬱屈したエネルギーの影響は、どうしても受けてしまうことでしょう。

 

 このように、世の中全体に不安や閉そく感、あきらめ、怒りといった感情が蔓延している時、私たちは無防備でいると、簡単にそれらの感情にのまれてしまいます。

 

 少し冷静に自分のエネルギーフィールドを眺めてみてください。今そこをネガティブな感情が覆っているとしたら、それはどこからくるものでしょうか。自分自身が置かれている状況から(に反応して)くるものなのか、それとも周囲や世の中全体を覆っている集団意識の影響を受けているものなのか。前者であれば、粛々と自分のなすべきことをこなしていき、状況を好転させる努力をしていけば良いだけです。もし後者であるならば、これ以上「無駄に」外からくるエネルギーの影響を受けている必要はないのではないでしょうか。もちろん、それらの感情にみんなと一緒にどっぷり浸りたい、と望んでいるのなら別ですが。

 

 自分のエネルギーフィールドの中で、どれが自分のもので、どれが自分のものではないのか、客観的に眺める訓練をしておくと、周囲で何が起ころうと、どんなに世の中に慟哭が渦巻いていようと、自分以外の人々の感情に必要以上にとらわれることなく、淡々と流していくことができます。エネルギーに敏感なタイプだからといって、常に誰かのネガティブな念や感情をスポンジのように吸収し、それに翻弄され、具合すら悪くなる日々を繰り返していく必要はないのです。全てはチョイスです。自分はどう生きたいのか。敏感体質だから弱い自分でいるのか。敏感体質だけれども、自分の領域はきちんと守りながら確固たる「私」でいるのか。選択しているのはその人自身です。

 

 まずは、もし今特定の感情にのまれているとしたら、その感情を流す練習をしてみてください。感情もエネルギーです。流動的で、常に変化しています。本当は、手放したかったらいつでも手放せるものなのです。特定の感情にしがみついたり、溺れていたりする時には、そうした状況を選んでいるのは自分自身だということを認めてください(誰か他に強要している人がいるでしょうか)。感情に溺れたくなかったら、手放せば良いのです。ただそう決断するだけです。そして具体的に動いてください。深呼吸をしたり、お風呂に入ったり、瞑想をしたり、自然の中を歩いてみたり、芸術に触れてみたり。

 

 感情の渦からとりあえず脱却することができたら、次にその感情はどこからきたのか、冷静に見つめてみてください。感情は必ず、発生源があります。自分の特定,の「思い」が発生源である場合。きっと自分は、何かに期待をしているか、何かを失うのが怖いか、自分を信じることができていないのです。理想通りにいかない現実に反応して、怒りや悲しみが生じているのです。

 

 自分以外の感情を拾ってしまっている場合。とにかくその感情にとらわれず、せっせと流していきましょう。特に今のような状況下では、常に自分のエネルギーフィールドを守る意識を保っていた方が良いです。あちこちに不満や慟哭が渦巻いていますから。自分以外のエネルギーは、自分の中に取り入れない。"Go Away!!"と心の中で叫んで追い払ってください。人間の意思と感情だったら、意思の方が強いのです。

 

 

 このような時に助けとなってくれそうなエッセンスをいくつか挙げてみます。

 

『エンジェルソード』(オーストラリアンブッシュ)

 自分にとって何が真実で、何が真実でないか、判断する明晰さをもたらしてくれます。様々な混乱や間違った情報の渦の中で、自分にとっての正しい情報を見極めることを助けてくれます。また、オーラに穴が開いてしまった時、そこに入ってきたエネルギーをカットしてくれます。

 

『フリンジドバイオレット』(オーストラリアンブッシュ)

 ショックやアクシデントがあった時に空いてしまったオーラの修復をしてくれます。過去にトラウマ経験があるような場合、これをとるのがお勧めです。オーラに穴が空いていると、そこから簡単にネガティブエネルギーが入ってきてしまいます。

 

『ジニア』(パワーオブフラワー)

 人生に喜びのエネルギーを。人生が停滞しているように感じる時や、人生を深刻にとり過ぎてしまっているような時に。緊張をほぐし、幸福感を高め、生きる活力を取り戻し、軽やかな希望と喜びの感覚をもたらしてくれます。

 

『Purification』(アンジェリック)

 浄化のエッセンス。日々様々なエネルギーに接し、その都度疲弊してしまうような方にお勧めです。一日の終わりだけでなく、朝起きた時や日中にもこまめにとると、望まないエネルギーに翻弄されることなく、一日を軽やかに過ごすことができます。

 

『Creating Healthy Boundaries』(アンジェリック)

 周囲との境界線を保つ。これを飲んでいると、必要以上に他人の影響を受けることなく、「自分」を保つことができます。周囲に苦手な人がいる場合や、常に他人の顔色を窺ってしまうような方にお勧めです。

 

『Protection』(アンジェリック)

守りのエネルギー。ネガティブなものから自分を守ってくれます。