2018年

8月

30日

チャレンジを助けてくれるエッセンス

 長かった夏休みが終わりました。静かな家で、1人静かに過ごす時間がとても久しぶりな感じです。

 

 この夏休みは、子供関係のお仕事がいろいろとありました。今年は、上の子の学校のPTAや部活の保護者役員をやることになったため、何となくせわしなく動いています。中学校になったら、PTA活動や保護者の仕事は小学校と比べて減るのかなと勝手に思っていましたが、意外とそんなことはありませんでした。PTAの組織はむしろ小学校より堅固だし(これは学校によるのかもしれませんが)、活動している方達はとても熱心です。また、中学校になると仕事をしているお母さんの割合が一段と増えるため、私のような、日中比較的動ける人の負担が自然と増えることになるのは致し方ないことなのかもしれませんが、保護者の負担の不公平感は小学校よりも増えているように感じます。

 PTAのお仕事というのは、一体どこまで携わったら良いのか、今でもよくわからないなと思います。関わり方の度合いが、その人のやる気と状況と考え方等によって大きく変わってきますし、「ここまでやったら合格」といった明確な目標があるわけではありません。そもそも、任期は基本は1年間なので、なんだかよくわからないうちに気づいたら1年が経ってしまった、という感じでいつも終わってしまうように思います。

 

 ちなみに私はPTAのお仕事というのは決して嫌いではないのですが、いつもこの「どこまでやったらいいのか」という加減の部分でよくわからなくなり、引き受けた仕事をいい加減にできない性格も相まって、任期中は何となく気ぜわしくなり、心身ともに疲弊してしまうパターンがこれまでは多かったです。

 ただ今年は、やるからには楽しんでやろう、そして誰も責めないようにしよう、と心に決めているので、あまり心理的にモヤモヤすることなく、ポジティブに頑張れています。PTAのお仕事というのは、何をやるかということよりも(もちろんやっている内容も大切なことですが)、PTAに関わることによって得られる、先生や他の保護者とのコミュニケーションや情報の方が大きいような気がします。PTAを引き受けた年は何かと負担が増えるものですが、その分、やらなかったら得られなかったであろう目に見えない報酬がたくさんあります。それに気づいてからは、他の人に代わって仕事を引き受けることも全く苦にならなくなりましたし、自分の時間と労力を提供できることにありがたさを感じるようにもなりました。

 

 そんなわけで、自分のできる範囲で頑張ろうと決めたために今年はあれやこれやとやることが増えてしまったわけなのですが、結局増やしているのは自分なんじゃないかとも思いつつ、あと約半年だし後悔しないようにやりきろうと自分にはっぱをかけている状態です。

 特に部活に関しては、例年にない酷暑だった今年の夏、そのことでいろいろと心配している保護者の声が聞こえてきたこともあり、先生に対して保護者としての意見・要望を代表して伝えるようなこともありました。ただ感情的に訴えるだけでは効果がないかもしれないと思ったので、保護者のLINEグループをまず作り、ちょっと一体感を出してから、そこで皆さんの声を集めて、それをまとめて先生に提出するという形をとりました。やはり集団の声は強いです。保護者が1人でワーワー言っても、うるさい親だなで済まされてしまったかもしれませんが、保護者全体としての意見です、という形できちんとした書面で提出した所、訴えがきちんと通りました。

 今年になって、スポーツ庁から新しい部活のガイドラインが出されましたが、今部活というものが大きく見直される流れになってきています。かつては当たり前だったスポ根気質のやり方も、今のご時世と、今の子供達にはフィットしていないなと感じますし、そういう昔風の威圧的な指導法をごり押ししている先生方は、子供達の心が離れ、どんどん空回りしていっているように見えます。

 私が中学生だった頃も、部活という狭い世界の中で自分の持てる権威を最大限に振りかざし、ピュアで力のない中学生の心と体を傷つけている教師はいましたが、その頃は部活とはそういうものだと思っていたし、親が助けてくれるという発想もありませんでしたから、黙って耐えるしかありませんでした。

 しかし自分が親になって、自分の子供や他の子供達が似たようなシチュエーションの下、教師の一方的な(時には理不尽な)指令に歯向かうこともできず従っている姿をみると、大人としてできることがあれば助けてあげたい、という気持ちが湧いてきます。たまたま今年は役員という立場になったこともあり、いろいろと工夫しながらチャレンジしています。今自分がやっているやり方が正しいのかどうかもわかりませんが、理不尽なことを黙って見過ごすことができない性格なため、直観を信じて、他の保護者の方達の協力も仰ぎつつ、時代に合った部活の指導方法を模索して頂くよう、これからも訴えていこうと思います。

 

 

 とこんな状況ですが、フラワーエッセンスにもたくさん助けてもらっています。特に心から感謝したいのが、アンジェリックの「Archangel Michael(大天使ミカエル)」。時には先生に面と向かって意見を伝えなければいけないシチュエーションもあるのですが、そんな時に勇気と力を与えてもらっている気がします。自分でも話しながら、「あれ、私よくこんなことが言えるな」と驚くことがあります。こんな時は、バックで自分を支えてくれる存在を感じますし、言っているのが自分であって自分ではないような感覚があります(言わされているような感じ)。うぶすなでのセッション中でもよくあることなのですが、この”言わされている感じ”になっている時は、自分の口から言葉が自然に出てくるに任せていると、相手の心にスーッと響いていくのがわかります。

 それから、意思をもって行動する時には、周りの反応とか、自分に返ってくる否定的な念などが気になって不安に陥ってしまうものですが、そういう不安も払拭してもらっている感じがします。不安があると、ともすればその裏返しで攻撃的になってしまう危険性があります。決して自分自身もモンスターになってしまわないよう、細心の注意を払って、冷静な判断と行動を心がけていこうと思っています。

 

2018年

8月

19日

恥とフラワーエッセンス

 アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトは、著書『菊と刀』において、日本は「恥の文化」であると述べました。キリスト教世界である西欧が「罪の文化」(個々人の内面に”神”がいて、良心に逸れた行動を”罪”と考える)であるのに対し、多神教がベースである日本は、絶対的な”神”より、世間からどう見られるか、という周囲の目を気にしている、とのことです。

 確かに日本人は、個人的にどうしたいか、どう思うかよりも、周囲が自分に何を求めているか、何を期待しているかを気にして、それを行動のベースにしていることが多いような気がします。周囲の期待に背いた行動をとっている人が批判され、世間一般的な常識から外れた考え方を持つ人が異端視されることが多いのも、日本人は個性を前面に出すより、協調性を重視する傾向があるからかもしれません。

 そんな社会的風潮がある中で、周囲の目を気にして生きることが当たり前として育った人が、オリジナリティを発揮して自分独自の個性を花開かせることは至難の業ともいえます。よほどの強い意志と、逆風が吹いても負けない根気強さが必要です。また、ある程度「鈍感力」もあった方が助けになるのかなとも思います。誰がこう言った、ああ言われた、非難された、よく見られていない、云々を気にしていると、やりたいことにも思い切ってチャレンジできませんし、たくさんの制限をつくることになります。制限は、周囲からやってくるようで、実は自分がつくりだしているものです。意思と決意さえしっかり持っていれば、周囲の目や声というものは、実はたいした力を持つものではないことに気づきます。

 

 

 我が家には思春期の女子がいるのですが、思春期というのは特に、この「周りからどう見られているか」という感覚が強くなる時期のようです。周囲から浮くことや孤立することを極端に恐れており、そうならないために、個人的な主張を極力抑え、周りの友達に合わせることにかなりのエネルギーを注いでいます(個人差はありますが)。

 当然、日本人特有の”恥”の感覚も持ち合わせているので、「そんな恥ずかしい事はできない」とか、「そんなことしたら変な目で見られる」、「そんなことは誰もしてない」等々、”恥”をかかないための気遣いも大変そうです。

 

 娘もご多分に漏れず、一般的な思春期女子の感覚の持ち主なので、今現在は、あれこれと制限があるやや不自由な環境の中に生きているようにみえます。思い返せば自分もかつてはそういう時期があったし、今でも全く周囲の目を気にしないかと言うとそんなことはないので、ある程度縛られて生きるのは人間の性なのかなとも思います。

 ただ、必要以上に周りの目を意識し過ぎるのは窮屈ですし、ともすれば自意識過剰に傾きがちなこの時期、フラワーエッセンスにも何かとお世話になっています。例えば今、娘のトリートメントボトルにはオーストラリアンブッシュの「ビリーゴウトプラム」とアンジェリックの「Shame Free」を入れています。前者は、自分の肉体や容姿を嫌悪する人のためのエッセンスで、後者はその名の通り、「恥ずかしい」という感覚を癒すものです。これを飲むようになって、だいぶ細かいことであれこれと気にすることが減ったな、と感じます。例えば、ものすごく近くに寄ってジーっと見ない限り気づかない程度の小さな傷跡やできものなどを、必要以上に気にして「これどうしよう」と言ってくることがなくなりましたし、日焼けの線が恥ずかしくてサンダルが履けなかったのが履けるようになったり、着る服を気にし過ぎて何を着たら良いかわからなくなってしまうことも減り、着たい服を好きなように着るようになりました。

 また、今度英語の弁論大会に出ることになったのですが、その練習の時に、恥ずかしくてパッションを全面に出して表現することができなかったのが、思い切って表現することができるようになりました。

 

 日本人は特に、DNAの中に”恥”の意識が刷り込まれている民族なので、自分の中にどれだけこの”恥”の感覚が住み着いているのか、一度客観的に見てみるといいかもしれません。冷静に眺めてみると、”恥”とは実体のない魔物であり、周囲の目も周囲の期待も、全て幻であることがわかります。

 

 ところで、冒頭で紹介した文化人類学上の名著『菊と刀』を書きあげたルース・ベネディクトさんですが、なんと日本には一度も行ったことがなかったのだそうで、それを知った時に私は卒倒しそうなくらい驚いたものです。日本を訪れたことがない人に、なぜこれほどまで深い洞察の日本人論が書けるのか・・チャネリングでもしていたのでしょうか。

 それはさておき、日本人の民族的特性を調べる研究は、第二次世界大戦中に行われました。敵国である日本を知り、終戦後に占領下に置いた際、日本人をどのように扱うかという計画の参考にするためだったそうです。こう聞くと、完全に日本は手玉に取られていたようで悲しいものがあります。

 ただ日本や日本人も、第二次世界大戦の時代と比べると大きく変わってきていますし、多様性や個性もかなり尊重されるようになってきたように感じています。元々柔軟性もある日本人なので、より多くの人が生きやすい世の中になっていってほしいなと思います。

 

2018年

7月

30日

自己犠牲タイプの方は

 先日、残り少なくなってきたエッセンスを何本かまとめて発注しました。その中に、オーストラリアンブッシュの「アルパインミントブッシュ」というエッセンスがあります。

 

 到着してからエッセンス棚に並べようとしたら、なんと既に在庫として陳列していたことに気づきました。少し前に発注していたことをすっかり忘れていたのです。よほど私に必要なエッセンスなのでしょうか。

 

 アルパインミントブッシュは、他者のケアを優先させるあまり、自分のケアがおろそかになったり、バーンアウトしてしまったりしがちな人を癒すエッセンスです。ヒーリングや福祉関係のお仕事に就いている方や、育児や介護、看病などに時間と労力をとられている人など、他者への責任を負うことが多い人に最適です。

 お世話を必要としている人を助けることや、困っている人の役に立つことはとても尊い仕事ですが、やり過ぎて自分のエネルギーが枯渇してしまったり、気力や体力の限界まで頑張って参ってしまっては、元も子もありません。時には休んでリチャージすることも大切ですし、バランスをとりながら自分のケアもきちんと行っていくのが、長続きする秘訣かと思います。

 

 特に、人の役に立ちたいという思いが強い方は、できるだけ多くの人を助けようとするあまり、どんどん忙しくなり、プライベートの時間を犠牲にするような状況に陥ってしまうことがあります。癒しのお仕事に就いている方であれば、クライアントさんが必要以上に依存してきたりといった、共依存の関係にはまってしまう危険性もあります。

 また、「人に頼られている=自分が存在している価値がある」という無意識の思い込みがある場合、自分の価値を確認する手段として、”私がいなければだめ”という状況を創り出していることもあります。

 休む間もない程スケジュールがびっちりで、休むことに罪悪感があったり、忙しいということはそれだけ世の中から求められている証拠だという思いがあるような方は、少し立ち止まって、今の状況が本当に自分が望んでいる状況なのかどうか、問いかけてみると良いかもしれません(アルパインミントブッシュを飲みながら)。

 

 

 ちなみに私がこのエッセンスを飲んでみたところ、夏休み中、息子の友人達が遊びにきた時、家のリビングを使ってもいいけど1時間までにしてね、と言うことができました。今流行りのゲームを、テレビの大画面を使って遊びたがるのですが、テレビはリビングにあるので、息子達が遊んでいる間、私は別の部屋でしか作業ができません(とてもうるさいので・・)。アルパインミントブッシュを飲んでいたところ、ふと、「あれ、なんで今まで息子達にこんなに気を遣って遠慮していたんだろう」という思いが湧いてきました。考えてみたら、彼らがゲームをやるために、私が何時間もリビングを明け渡す必要もないわけです。

 提案してみると、案外息子もすんなり了承し、約束の時間になったらさっさと二階へ移動してくれました。

 

 無意識に抱いている思い込みというのは、その思い込みがあるということに客観的に気づいてみると、「どうしてあんな風に思っていたんだろう」と不思議に思うものです。人は、とらわれている間は、とらわれているという事実になかなか気が付かないのです。フラワーエッセンスは、こんな風に、人がとらわれている状況から抜け出すお手伝いをしてくれます。

 

2018年

7月

18日

酷暑のさなかのエッセンス

 フラワーエッセンスをご愛用の方は、エネルギーに敏感なタイプが多いようです。そのためか、”バリアー・プロテクション系”や”浄化・クリアリング系”のエッセンスが自然と人気になっています。うぶすなでも、よくそういったエッセンスのリクエストを頂きます。

 様々なメーカーさんが、バリアー系、浄化系エッセンスを扱っています。単品のエッセンスもありますし、数種類がミックスされているコンビネーションタイプもあります。

 それぞれ好みや相性などもあると思いますので、ピンときたものや、一度使ってみて効果を体感したものなどを選ぶといいかもしれません。

 

 私も、個人的にブレンドしたバリアー系のエッセンス、浄化系のエッセンスを常備しているのですが、両方共ほぼ毎日のようにお世話になっています。どこかに出かける前は、必ずバリアー系エッセンスを飲みます。これを飲んで行った日と飲まなかった日とでは、帰ってきてからの自分の状態がが全く異なります。フラワーエッセンスに出会う前は、人混みや様々な人が交わる場所に行った後には、必ずと言ってよいほど体が重くなったり、頭痛がしたり、気分が悪くなったりしていたのですが、バリアーのエッセンスを飲んで行くとそういうことがありません。自分がエネルギーフィールドの中で守られている感覚があります。

 また、バリアー系を飲んで行くのを忘れて出かけた際、少し重たいエネルギーがついてしまったなと感じても、浄化系のエッセンスを飲むとスーッと軽くなって、気分がスッキリします。何かショッキングな体験をしたり、見たり聞いたりした時、頭の中に焼き付いた映像が離れなかったり、誰かの言葉や念などが突き刺さって取れていないように感じる時などにも、浄化系のエッセンスは助けてくれます。

 

 最近は酷暑が続いているので、新しく作ったバリアー系のトリートメントボトルに、オーストラリアンブッシュの「ムラムラ」を入れています。これは、”火”にまつわるトラウマや、火傷、日焼け、ほてりなどに対応してくれるエッセンスで、強い日ざしを受ける前に飲んで行くと、そのダメージを直で受けるのを防いでくれる感覚があります。ワークショップの時にも、フィールドワークに出かける直前、イアンさんが参加者たちに、「皆さん、今日は暑いので”ムラムラ”を飲んで行くのを忘れないで!」とおっしゃっていました。

 私は暑さが苦手で、例年この季節になると外出するのが億劫になっていたのですが、ムラムラを飲むようになったら、不思議とこの猛暑のさなかでも、外に出るのがさほど苦痛ではなくなりました。強い日差しを浴びても、なぜか耐えられるというか、ダメージが少ない感覚があるのです。苦痛が軽減されている感じです。そのためか、最近会う人会う人に、「日焼けしましたね」と言われます。「綺麗に焼けていますね」とも言われます。そういえば、日焼けで赤く腫れることもなくなりました。(一応日焼け止めは塗っていますが)

 また、中学生の娘はとてもハードな運動部に入っているので、親としては熱中症にならないか心配です。一日中外で試合がある日などには、必ず水筒にムラムラを入れるようにしています。本人に「最近暑いけど大丈夫?」と聞いてみたら、「そんなに暑いっけ?」との答え。暑さの影響を和らげてくれるエッセンスを入れていることを伝えたら、「そういえば、暑いは暑いんだけど、辛いとかもう嫌だとかは思わない」とのことです。

 エネルギーフィールドでバリアーが張られていると、肉体レベルでもダメージが少なくなるのだなと思います。

 

 ちなみに浄化系のエッセンスは、家族全員のトリートメントボトルにそれぞれ必ず入れています。仕事や学校などで、日々様々な人と関わっていろんな経験をしていると思いますが、家に帰ってきた時は一度リフレッシュして、また次の日へのエネルギーをチャージしてほしいなと思うからです。ただいまと帰ってきた時に、少しキツイ目をしているなと感じた時でも、エッセンスを飲んでしばらくすると、少しずつ表情が和らいでいくのがわかります。

 

2018年

7月

15日

オーストラリアンブッシュワークショップ報告②

 ワークショップ二日目には、屋外に出て自然を感じるフィールドワークも行いました。ワークショップの主催者ネイチャーワールドさんの建物から歩いて数分の所にある、とても気持ちの良い緑道です。

 そこでしばらくお散歩(?)をした後、涼しい木陰がある場所で、イアンさんが自然界と自然霊の話をしてくださいました。

 

 イアンさんによると、数年前くらいから、自然界と人間界との間にあったヴェールが薄らいできているのだそうです。今の時代に生きている私たちは、数十年前と比べると格段に自然界(霊)とのコンタクトがとりやすくなっているとのこと。

 庭仕事の途中に精霊に出会ったという、イアンさんの友人の話など興味深かったです。その友人は、下半身が獣で上半身が人間の姿をした精霊が歩いているのを見たそうなのですが、その精霊と目が合った時、向こうは自分の姿が見えていることに驚き、一度通り過ぎようとしたけれど再び戻ってきて、『オレの姿が見えるのか?』と聞いてきたのだそうです。

 

 イアンさん自身も、たくさんの自然霊の協力を得てエッセンス作りをしています。諸々の自然霊を引き連れて歩いているような人なので、フィールドワークの時にもそうした存在が背後で協力してくれているのを感じました。

 フィールドワークの最後の方で、”スピリチュアル・グリーティング”という祈りの言葉を全員で唱えたのですが、その祈りを唱えた後、自然界や精霊界との境界線がフワッと薄れたのを感じました。各々の木には精霊が宿り、鳥たちの鳴き声にはメッセージが込められ、風は何かを運んできてくれている・・・そんな自然界が発しているバイブレーションを、感じようとしてこなかったのは人間の方であって、あちらの世界が拒絶していたわけではないんだな、と思いました。壁を作っているのは、私達の意識でしかないのかもしれません。

 このフィールドワーク以降、日々の生活の中でも、できるだけ”自然”にふれあい、そこに宿るスピリットの存在を感じるようにしています。こういう感性というのは、スピリチュアルマッスルなどと言ったりもしますが、筋肉と一緒で、鍛えれば鍛える程強化されていきます。「自分にはそういう能力がないから」などと思い込んで感性をフルに使う努力をしないのはもったいないです。スピリチュアリティ(霊性)は本来誰にでも備わっているものなので、感性を磨いていこうという意識を強くもっていれば、時代のエネルギーも手伝って、どんどん開花されていくと思います。

 

2018年

7月

04日

オーストラリアンブッシュワークショップ報告①

 オーストラリアンブッシュフラワーエッセンスのワークショップ「レベル2」を受けてきました。

 

 相変わらず目の覚めるようなカラーのスーツに身を包んだイアンさん。今回もたくさん深淵な知識を授けてくださいました。大変濃密な2日間でした。

 

 オーストラリアンブッシュ(AB)のエッセンスは、飲んだ方がエネルギーを感じやすいようで、具体的な変化も起こりやすく、ファンがとても多いです。スピリチュアルな変容をもたらしつつ、現実的な問題解決にもわかりやすく繋げてくれますし、エッセンスを飲んだからといってフワフワと地に足がつかない状態が続くようなことはまず起こりません。

 

 エッセンスは、作り手さんの個性が反映されるものですが、ABエッセンスがこのように堅実な変化をもたらしてくれるのは、作り手であるイアンさんのキャラクターが強く影響しているような気がします。イアンさんは、スピリチュアルな深い知識をお持ちで、見えない世界とも強く繋がっていらっしゃる方ですが、同時にしっかりと地に足をつけた、現実的な考え方をなさる方でもあります。話は非常にわかりやすく、筋道が通って論理的ですし、地球や自然界との繋がりもとても大切になさっています。スピリチュアリティを高めながら、しっかりとグラウンディングして生きるとは、こういうことなんだなと思います。

 スピリチュアルに興味があり、見えない世界との繋がりが元々強いタイプの方は、ともすればそちらの世界に引っ張られ過ぎてしまい、現実との折り合いをつけて生きるのが難しくなることがあります。スピリチュアルな世界は美しく、パワーも強いですし、惹かれるのは当然かもしれません。けれど私達は意味あって今こちらの世界にやってきているので、あまりスピスピし過ぎて現実が嫌になってしまうと、こちらでのミッションになかなか辿り着けなくなってしまいます。なんでもバランスが大事なので、スピリチュアリティとグラウンディング、この二つを同時に意識して、極端な方向に偏り過ぎないように気を付けた方が、いろいろとうまく回っていきます。

 

 イアンさんはアボリジニの方々とも深い繋がりを持っていらっしゃるのですが、元々アボリジニというのは、しっかりグラウンディングをしている人々なのだそうです。地に足をつけつつ、スピリチュアリティを追求しているというわけです。ABエッセンスは、そのエネルギーを持っているとの話に、納得がいきました。

 

 

 足場が不安定な崖の上の花を採取したり、ワニやヒルがうようよいる池に入っていったり、トゲのある花で怪我をしそうになったりと、エッセンス作りも楽ではありません、とおっしゃっていました。今でも個々の花からエッセンスを作るのはイアンさんだけなのだそうですが、広いオーストラリアの大地をあちこち駆け回ってエッセンス作りをやりつつ、毎年世界各地でワークショップを開いているだなんて、そのバイタリティに頭が下がります。

 スーパーマンのようなイアンさんですが、数年前に車の事故に遭った時の話をしてくださった時には、”裁判のことを考えていたら頭の中でいろいろなことがグルグルまわってしまい、それを鎮めるエッセンスをとった”とおっしゃっていました。イアンさんほどの方でも、そんなことがあるんだな、と少しホッとしたりしました。

 最初は意外だったのですが、イアンさんはジョークもお好きで、たまにきわどい冗談を真顔でとばすお茶目な一面もお持ちです。スピリチュアルに生きるといっても、人間らしさってやっぱり大事だよなあ、と思います。

 

 今回のワークショップでは、ここに書ききれない程多くの貴重な話を聞いてきましたが、中でも"The power of prayer"(祈りの力)を強く私が確信することになった、ある女性の話が印象的でした。

 

 ある女性が高速道路を運転していると、前の方で事故があったようで、車が渋滞でとまりました。その女性は、事故に巻き込まれた方々のために、運転席で癒しの祈りをしました。

 6週間後、その女性の家のドアをノックする音がしました。ドアを開けてみると、見知らぬ女の人が花束を抱えて立っていました。そしてこのように言いました。

 

『私は交通事故でひどい怪我を負ったものです。意識が抜けていた(体外離脱をしていた)際、あなたの車の中から、癒しの白い光がとんでくるのがわかりました』

 

 その方は、ヒーリングエネルギーを送ってくれたことに感謝をしに来たのです。意識が宙を飛んでいる時、ナンバープレートも目に入ったため、病院にいる間、どの方が自分にヒーリングエネルギーを送ってくれたのかが分かったのだそうです。

 

・・・イアンさんはこの話を、強い肉体的・精神的ショックを経験した時に人は体外離脱をすることがある、という説明の一環で話してくださったのですが、私は祈りの力って本当に具体的に存在しているんだな、と強く思いました。体感的に感じてはいましたが、こういう話を聞くと、それが確信に変わります。

 

 これまでもうぶすなのセッションでABエッセンスは使ってきましたが、ワークショップで1つ1つの花とそのエッセンスのディープな説明を受けたことで、また更に理解が深まったように感じます。今回のワークショップで得られた知識と経験を活かしつつ、私自身が向上していく努力を続け、皆さんに還元していけたらと思っています。

 

 

2018年

5月

29日

悩みを捨てたかったら

 フラワーエッセンスの売れ筋商品としては、「豊かさ」や「女子力アップ」「恋愛成就」をテーマにしたものが多いです。それと同時に、「浄化」や「手放し」系も根強い人気があります。

 

 何かを手に入れようともがくより、まずは必要のない心の重り(トラウマ、思い込み、とらわれ、執着、恐れ等)を外した方が、より心は軽くなり、本当の幸せに繋がりやすくなります。

 

 人が悩んでいる時というのは、何かに縛られている時です。何かを失うのが怖かったり、何かが手に入らないのではないかと不安になるから、自分の中で矛盾が生じてその葛藤に悩むのです。悩みから解放されたかったら、自分の中にある「縛り」を捨てると、悩みそのものが生じなくなります。外的な要因は、実はあまり関係がありません。不思議なことに、自分が内側で縛りから解放されると、今まで自分を散々悩ませてきた外的な要因がなくなったりします。周りの人や環境が自然と変わっていくのです。まずは内側で変化が起こり、その後外側に変化が起こります。

 

 フラワーエッセンスには、その人が何かに固執している時、そのとらわれを剥がしてくれる作用があります。何かにとらわれている状態というのは、その人にとって理想の状態ではありません。フラワーエッセンスは、その人がその人らしく輝いている姿に導いてくれるものです。

 

 

 自分が一度根本からクリアーになりたいという方は、2017年に新しく出た、アンジェリックの『Cosmic Reset』というエッセンスがお勧めです。とらわれている時というのは、とらわれているという事実にすら気づかないものです。こうしたものを飲んでいると、まずは自分が「とらわれている」「とらわれていた」という現実に気づかされます。そして、その後不必要な執着やら思い込みを手放すプロセスが始まります。エッセンスは、そのプロセスさえも助けてくれます。

 

(Cosmic Resetの解説です↓)

全てがふさわしい場と状態にあり、私たちは新たな人生に向けてリセットする準備ができました。コンピューターや電話等がさらによく機能できるよう時折リセットする必要があるように、私達も人生を時にはリセットする必要があります。リセットを行うと秩序が戻り、役に立たなくなった古いエネルギーが解消されて、私達のエネルギーや人生が洗練されて、新鮮さと明確さをもって進むことができます

~ネイチャーワールド㈱ホームページより引用

 

 

 私が浄化・手放し系のエッセンスを飲んでいた時のこと。ボーっとテレビを見ていた時、ふと

 

「今回できなかったら、次(の人生)でまたチャレンジすればいいんじゃない」

 

 という言葉が内側から響いてきました。いきなり響いてきた言葉には力があり、深い部分から強く訴えるパワーがありました。

 そっか、それもそうだ。何も今回の人生で、やりたいことを全て成し遂げようとむきになる必要はないんだ。できなかったら、また次の人生でやればいい。全然焦らなくていいんだ。

 

 そんな風に自然と思えました。あれもこれもやらなきゃ、やり遂げなきゃ、と少々気負い気味だった私は、なんだか肩の荷がスーッと下りたような感じがしました。案外、人生で成し遂げるべき課題は、実はそんなに数多くあるわけではないのかもしれません。神様は、一度にそうたくさんの宿題は与えないものです。その時その瞬間、自分の目の前にある課題を1つ1つこなしていけばいいのであって、結果や遠い未来のことは思い案じる必要はないような気がします。1つ1つこなしていったその先に、自然と道が拓いていきますし、学ぶべき課題は必ず学ぶことになっているから、環境や物質的な状況も自然と整います。

 

 長年しがみついていた心の縛りを取り外していくと、憑き物が取れたように心が軽くなっていきます。自分の外側でどんな嵐が吹き荒れていようと、内側が穏やかな状態であれば、苦ではなくなります。心さえ平穏を保っていれば何が起こっても大丈夫なんだとわかれば、外的な要因を怖がることもなくなっていきます。

 

2018年

5月

22日

怒りの大元

 フラワーエッセンスを使い始めた頃、個人的に使用頻度が高く、大変お世話になっていたのが、バッチの『ホリー』というレメディでした。これは、イライラ・むしゃくしゃ・怒り・嫉妬・妬みといった、他人に対する攻撃的な感情を和らげてくれるものです。思えば若かりし頃の私は、”怒り”を原動力に生きてきたような所がありました。世の中でゆるせないこと、ゆるせない人がたくさんいて、そういう不満や疑心を糧に、反抗心や反発心をエネルギーにして、頑張っていたような感じです。

 若かりし頃は、そのおかげでいろいろなことに挑戦することができましたし、ある程度プラスに働いていた部分もあるとは思います。けれど、そういう生き方をずっと続けるのは疲れるし、とてもしんどいです。怒りのエネルギーは、相手に向かっているようで、そのベクトルは必ず自分の方にも向かっています。怒りの感情に苛まされると、まず自分の内面が爆発して、その余波でしばらくどす黒い燻煙がたち続けます。この余波によって、自分の内面が汚されていく感じがずっとありました。簡単に言うと、怒りを抱いている間は、まったく気分が良くないのです。

 結局、怒りの感情は、他人にとってだけでなく自分にとっても、良い事なんか何もないということに気づき、私は自分の中の”怒り”と対峙することに決めました。

 

 ちょうどその頃、「怒りに向き合う方法」や「アンガーマネジメント」といったテクニックが巷で紹介され始め、いくつか試してみたりもしました。けれど私の感覚として思うのは、そういったテクニックは、一時的に怒りを鎮めてくれるかもしれませんが、結局は対処療法に過ぎないということです。怒りの根本原因が癒されないままであれば、次に似たようなシチュエーションが起こった時、怒りは再びやってきます。そして、その状況は何度も繰り返されます。

 

 この根本原因を突き止める努力を避け続けていれば、どれだけアンガーマネジメントを実践しても、何十本ものフラワーエッセンスを飲んでも、怒りは生じ続け、その感情に苦しみ続けると思います。

 

 この先の人生、怒りに支配されて生きるのはまっぴらごめんだと決心し、”怒り”が生じる度に、徹底的に自分の内面に向き合い、一体私の中の何がこの怒りを生じさせているのか、自分に問い続けました。自分が本気で知りたいと願ったことは、必ず答えが返ってきます。勇気を出して己の内面に向き合ってみると、今まで気づかないフリをしていた、たくさんの”思い”や”信念”や”恐れ”が出てきました。私はその1つ1つに向き合い、受け入れ、そして手放していきました。

 

 

 ふと気づいたら、私はすっかり、「ホリー」のお世話になることが減っていました。今でも時々飲むことはありますが、大体は日々の生活で起こるかすり傷程度の感情です。私が私に正直に向き合うようになったら、怒りで自分をごまかすのではなく、あるがままの在り方を受け入れられるようになってきました。怒りは、何かを受け入れることを拒絶している、抵抗の証です。自分の中の許容が深まれば深まる程、抵抗が減り、結果怒りが生じることも減っていきます。

 

2018年

4月

27日

フラワーエッセンスの恩恵

 学年が変わり、新しいクラスになった娘。新しい先生に新しい友人、新しく入ってきた部活の後輩・・この時期特有の、緊張感と期待感で入り混じった気持ちで過ごしているようです。

 

 ここしばらく、娘用のトリートメントボトルの中身を変えていなかったのですが、数日前、「ねえねえ、今の私に合うエッセンスない?」と聞いてきました。”今の私”の状態を聞き、合いそうなエッセンスの名前を挙げようとすると、すかさず

 

「あ!言わないで!私が選ぶから」

 

 と言われました。娘はこれまで何度も、インスピレーションで今の自分にドンピシャなエッセンスを選んできました。そのためか、エッセンスの直観選びには自信があるようです。そんなわけで、私は候補になりそうなエッセンスをテーブルに並べました。娘はエッセンスの知識はほぼありません。テーブルに並んでいるエッセンスを眺め、「うーん、これかな」と言いながら、あっという間に6種類のエッセンスを選びました。

 それらのエッセンスは、『苦手な人や嫌いな人が周りにいてストレスを感じている時や、新しい環境にいて新しい概念を取り入れる必要がある時』『自分の中で長年培われてきた偏見を癒したい時』『ネガティブエネルギーから身を守り、自分にとって何が真実かを見極める』『オーラについた傷を癒す』『周囲で嵐が吹き荒れているような状況の時、周りの喧噪から離れた、自分だけの聖域をつくる』・・・といったテーマのものでした。まさに今の娘にぴったりな内容です。自分でも「すごーい!」と感心していました。

 

 選んだエッセンスでトリートメントボトルを作っている間、娘はしみじみと、

 

「あー、エッセンスがあって良かった。私、こういうのがなかったら今みたいにはなっていない気がする」

 

 と言いました。あ、そんな風に思ってくれているんだなと私は少し嬉しくなりました。小さい頃からずっと、当たり前のようにエッセンスを飲んできたので、エッセンスが本当に自分の役に立っているのか、どれだけの恩恵を受けているのか、よくわかっていないのではないかと思っていたからです。

 

 パワーオブフラワーの作り手であるイーシャさんが、ワークショップの時に教えてくれた話を思い出しました。イーシャさんの娘さんが結婚することになった時、結婚に向けての準備でとても忙しい日々を送っていたそうです。あまりにも目まぐるしい毎日を送っていて、精神的にも疲れ果てている様子の娘さんに、イーシャさんはフラワーエッセンスを飲ませてあげたそうです。すると、それを飲んで気持ちが落ち着いた娘さんが一言、「ママ、フラワーエッセンスって本当に効くのね」と言ったとのこと。

 イーシャさんは、娘さんが幼い頃からずっとフラワーエッセンスを飲ませてきて、彼女はフラワーエッセンスを飲んで育ったようなものなのに、その時になるまでその恩恵に気づいていなかったの、と驚いたとおっしゃっていました。

 

 

 ちなみに、私は息子と夫にも同じようにエッセンスを毎日飲んでもらっていますが、こちらの二人もおそらくいまいちピンときていないのだろうなという感じがします。ただ、何となく飲んでいると「良い感じ」というくらいの感覚はあるようで、エッセンスのボトルを片づけたりすると、「あれ、ぼくのエッセンスは?」と聞いてきたりします。

 

 

2018年

4月

17日

本当に私はゆるせたのか?

 ずっと、「ゆるす」ということについて熟考してきましたが、じゃあ果たして自分が誰かを完全に「ゆるす」ことができたかどうかは、どうやったらわかるのでしょうか。

 

 自分が本当にそのこと、その人のことを心からゆるせたのかどうか。私の中では、それを判断するための、ある明確な基準があります。

 

それは、

 

『自分が、無条件で、その人の健康と幸せを望めるかどうか』

 

です。

 

 心のどこかで、まだその人を恨んでいたり、ゆるせないと思っているうちは、なかなかその人の健康と幸せを祈る気持ちには至りません。しかも、「無条件で」というのがミソです。「あの人が~してくれたら」「あの人が変わったら」「謝ってくれたら」云々・・といった条件は一切なしです。ゆるすゆるさないというのは100%自分の問題なので、相手の今の状況や言動には、フォーカスする意味がありません。

 

 表面的に、「もうあのことは忘れたから」などと吹っ切れたかのように振る舞っていても、実のところは全くゆるせていないことも多々あります(考えた時に怒りが湧いてくるようなら、まだゆるせていないということです)。思い出さないようにしている、考えないようにしている、といった記憶の封印は、ゆるしのプロセスを避けている証拠でもあります。ゆるし、手放すことに抵抗している時、よくこのように「見ないように」しようとします。

 

 

 私は、過去においてゆるせないと思っていた人や出来事を思い返した際、心の底からその人の健康と幸せを望む気持ちを抱けているかどうかをまず確認します。それで、素直にそのような気持ちを抱けていない場合は、ああまだ自分の中で完全にはゆるせていないんだなと思います。そして、なぜ自分はまだその人のことをゆるせていないのだろうと考えます。私の中の何が抵抗しているのだろう。何にしがみついているのだろう。その人をみる際、自分の中の何を投影して見ているのだろう。

 そんなことを内省します。そして祈ります。私の中の抵抗を、執着を、すぐに剥がしてください、サポートしてください、力を授けてください、と。

 ゆるせない人がいるということは、自分の中に怒りを保持しているということで、その怒りが潜在意識を汚し続けているということです。そんな状況が嫌なので、私は自分がゆるせていないことを発見したら、すぐさま手放しのワークに取り掛かります。

 

 

 自分の中で、完全にゆるすことができると、記憶がよみがえった時の自分の反応が、かつてのそれとは全く違ったものになっていることに驚きます。起こった出来事は変わらないけれど、それに対する自分の見方が変わったので、反応が変わったのです。

 

 アンジェリックエッセンスに、「Unconditional Forgiveness(無条件の赦し)」という、そのものズバリのエッセンスがあります。 本気で「ゆるす」ことを決心した人には、強力な助っ人となってくれるエッセンスです。

 それ以外にも、手放しの過程をスムーズにしてくれるものや、手放しの過程で起こる感情的な葛藤をサポートしてくれるもの、怒りを和らげてくれるもの、等々、ゆるしのプロセスを楽に乗り切るために、助けとなってくれるフラワーエッセンスはたくさんあります。

 

 

2018年

4月

10日

ゆるすということ~その4~

 何年か前に私は、自分のそれまでの人生の中で出会った「ゆるせない」と思っている人(大小様々で何人かいました)や、「ゆるせない」と思っている出来事を、全てゆるしたいと強く思いました。というか、どんなことがあっても絶対にゆるそうと決心しました。なぜかというと、時々過去の記憶を思い出しては、怒りや憎しみの感情であふれかえるような経験に、もういい加減うんざりしていたからです。何かを恨むということは、自分の中でどす黒い爆弾を抱えているようなものです。その爆弾は時々くすぶり、燻煙を上げ、私の心の中を汚していました。

 確かにその人達は、ひどいことを言ったかもしれませんし、非難されてしかるべき行動をとったかもしれません。けれど、それはそれとして、私がその経験と記憶のために、この先もずっと苦しみ続けるなんてまっぴらごめんだと思いました。その苦しみから逃れるためには、私が、その人達と、起こった出来事と、そして私自身をゆるさなければいけないのだと、どこかで気づいていました。気づいていたけれど、それまでは、どこかでまだ、手放す準備ができていなかったのでした。自分が被害者であると思い、相手を悪者にし続ける方が、起こった出来事の責任は自分にあるという事実を認めるより、楽だったのだろうと思います。

 

 けれど同時に、私は私の人生で起こる全てのことに責任があることにも気づいていました。誰か他の人のせいではなく、私が選んだから、この人生を歩んでいるのです。ということは、私の人生で起こった出来事も全て、私に責任があるということです。他の人を責める理由がありません。そもそも、責めたり怒ったりしている心の状態がとにかく嫌なのです。せっかく心の平安を望んでいるのに、時々古い記憶がよみがえり、それと共に、怒りや憤りの感情が湧き上がってくるのが、もう嫌で嫌で仕方なかったのです。こんな不毛なことをこの先の人生もやり続けるなんて、無駄どころか自分にとって損にしかならないだろうと思いました。

 

 

 そんなわけで、自分の中で「過去をゆるそう」と決心してから、いろいろなことがありました(内面での話です)。ある日突然、光が降りてきてパーッと視界が開け、瞬時にあらゆることがゆるせるようになった、なんてことは起こりませんでした(それができたら楽なのでしょうけれど)。地味な、地道な作業でした。一歩進んではまた戻り、また進んではまた戻り、をひたすら繰り返しました。もう自分の中で完全にゆるせただろうと思っていたのに、しばらくしたらまだゆるせていなかったことに気づいたり、なんていうこともよくありました。

 

 ゆるしというのは、プロセスなのだなと感じています。少しずつ、心の中のお掃除を進めていく作業です。一週間やそこらで終わる作業ではありません。謙虚に、忍耐強く、地道に進めていくしかありません。

 フラワーエッセンスにもたくさん助けてもらいました。必要な時に、必要な本だったり、誰かの言葉だったり、「あ、これはサポートだな」と思うような助けもありました。人が本心から望んだことは、必ず天が味方してくれるものなんだなと思いました。

 

 自分の中で少しずつ、過去をゆるし、受け入れ、手放すことができていくにつれ、心の中にあった重荷が外れ、軽く、楽になっていきました。数年前には怒りしか感じていなかった出来事でも、気づいたら、愛と感謝の目で眺められている自分がいました。この解放感は、言葉では言い表せられなくらい、自由で、楽です。

 それから面白い事に、ある出来事(や人)がゆるせるようになったら、同時に他の出来事も同レベルでゆるせるようになっていました。1つの記憶、1つの出来事にフォーカスして癒しを進めていったら、その他の記憶や出来事も同時に癒されていった感じです。おそらく、心の許容量が増えていったためだと思います。現実に起こる出来事や、出会う人々に対する自分の許容量も広がっていきました。数年前だと絶対に拒絶していたであろう出来事や人に対しても、寛容に見られている自分に驚きます。

 

 まだまだプロセスは進行中だし、学びの半ばにいる状態ですが、内側に多くの怒りを抱えていた過去の自分と比べて、だいぶ心が軽く、穏やかになりました。この先もどんどんお荷物を捨て続けたら、もっともっと軽くなれるのだろうと思います。

 

2018年

3月

14日

恐怖心

 昔、誰かの本の中で、

 

「怖がりな子供は将来有望」

 

と書かれていたのを目にした時、一瞬なぜだろうと思いましたが、その理由を読んで納得したことがあります。それは、

 

「怖がりということは、想像力が豊かであるということだから」

 

 ということでした。確かに、物事を怖がる背景には、イマジネーションの力が働いています。目には見えていないものを感じる力や、今後起こるかもしれない出来事を予測する力、そして、自分という存在よりも大きな、抗えない力が存在するという認識があるからこそ、得体のしれない恐怖というものを感じるのではないかと思います。それらは生きていく上で、助けとなってくれる要素でもあります。周りと調和しながら、謙虚に生きていくために、想像力と共感力は大きな力となってくれます。

 

 ただ、いたずらに恐怖心ばかりが刺激されたり、不安ばかりが肥大化していってしまうと、圧倒されて足がすくみ、望ましい行動がとれないという状況も起こり得ます。

 

 特に、敏感で想像力の豊かな子供は、恐怖心を覚えやすい傾向があります。そんな時に助けとなってくれるフラワーエッセンスといえば、アスペン、ミムラス、アンジェリカ、ダンデライオン、Freedom from Fearあたりでしょうか。こういった不安と緊張を癒すエッセンスに、プロテクション系のエッセンスなども入れてトリートメントボトルを作れば、怖がっている子供にぴったりのボトルができそうです。

 

 恐怖心というのは、人間の生存本能の一部だといわれます。自分の身を守るための、本能的な感情です。元々私達に備わっている感覚なのだから、恐怖心を感じること自体は責める必要はないと思います。実際、本能的に恐怖心を感じる時というのは、私達の第六感が、何かを伝えたい時だったりします。

 恐怖心をいたずらに悪者扱いするのではなくて、うまくバランスをとりながら、必要な時には活かしながら、付き合っていきたいものです。

 

 

2018年

3月

08日

愛と赦しと人間関係

 先日、4年生の息子のクラス懇談会に行ったら、女の子のお母さんが何人か、最近女子特有の人間関係問題が出てくるようになった、という話をされていました。そういえば娘の時も、大体4年生頃から友達同士でグループを作るようになって、その中でいざこざが起こったり、仲良くしていたはずの友達と突然口を利かなくなったり、かと思えば今まであまり話さなかった子に急接近するようになったり・・といった、面倒な”女の子問題”が出てきたように思います。

 男の子は、付き合い方があっさりしているので、気が合わない子とは最初から無理して付き合うことがないし、後腐れもありません。見ていると、思ったことはお互い率直に口に出していますし、時には激しく怒ったり文句を言ったりして、ある意味コミュニケーションがダイレクトにとれています。また、何となく仲のいいグループのようなものはあるようなのですが、女の子のように特定の人とひたすらベッタリ付き合うということがあまりなく、関係は割と淡泊です。そんな感じだから、女子のようにドロッとした問題が起こりにくいのかなと思います。

 

 女子特有の問題は、中学生になった娘も相変わらずちょくちょく悩まされていますが、小学生の頃と比べて、対処の仕方も多少は学んできたのかなと感じます。

 そういえば、娘が小学校高学年の時、例によって女の子問題が起こり、そのことで相談されたことがありましたが、その時に、

「こういう女の子特有の面倒な人間関係の問題は、大人になってからも続くよ」

と言ったところ、え、そうなの、と愕然とした表情をしていたのを思い出します。

 

「そうだよ。お母さん達だってPTAでそういうのあったよ。あ、そうそう、おばあちゃんも、習っている習字教室であったってこないだ言ってた。ってことは、一生続くってことだね。あははは、頑張ってね!」

 

「・・・・」

 

 大人になったらこういう面倒な問題には悩まされることがないだろうと思っていた娘にとっては、ショッキングな事実だったに違いありません。

 けれど私が言いたかったのは(その後ちゃんと話しました)、こういうことでした。世の中にはいろんな人がいるし、これからもそういう複雑な人間関係の中で生きていかなければいけない。自分と気が合わない人と出会わないようにするのは無理なことだし、これからだって面倒な関係性に巻き込まれることがきっとあると思う。どうせ避けて通れない問題なのであれば、それに対処できるスキルを身につければいい。今後、人間関係の問題が起こった時、相手を拒絶して腹を立てるのではなくて、その人を受け入れられるようになったら、悩みに苦しめられることなく、穏やかな心をキープしたままでいられるよ。今抱えている問題は、そういうスキルを身につけるためのレッスンだと思えばいいんじゃない。

 

 ・・話しながら自分で気づいたのですが、かつての私は、どうしても受け入れがたい人が目の前にいた時、完全に拒絶してシャットアウトしてしまっていました。嫌だなとか離れたいなとしか思っていなかったので、そういう人が身近にいるだけで苦痛でしたし、とんでもないストレスを抱えていました。今思えば、何て傲慢で失礼なことをしていたんだろうと恥ずかしくなります。

 娘にも偉そうなことを言えないくらい、かつての私は人づきあいがとても下手くそでした。それが、だいぶ最近、人を受け入れられるようになったのは、自分の内面が大きく変わってきたからだろうと思います。他人を変えようとするのではなくて、自分が変わること、このことにひたすら一点集中するようになってからです。

 

 「じゃあ、どうやったら受け入れられるようになるの?」

 

 と娘に聞かれた時、私はこう答えました。

 

「とにかく、その人のことを理解しようとするんだよ」

 

 私も完璧にできているわけではありませんが、否定しそうになる気持ちを抑えて、とにかくその人のことを理解するように努力する。努力、努力、努力。どうしてその人はそういう言動をとっているのか。どうしてそんな態度を私にとってくるのか。言葉や態度の裏にある、その人の事情や”思い”に目を向けるようにします。そして、更に大事なのが、どうして今その人は、自分の目の前に現れているのか、ということに気づくことです。その人は、私の中の何を鏡として見せてくれているのだろう。私に何を教えようとしているのだろう。私はこの出会い、そしてこの出来事から、何を学べるのだろう。完全にはできなくても、少しでも深く、理解できるように努めます。そして、その出会いを、自分自身の成長の糧となるように、感謝の気持ちで受け入れます。

 

 

 他人に対する理解を深めてくれるエッセンスもいろいろありますが、最近の一押しは、アンジェリックの「ホ・オポノポノ」。部活内での様々な問題に日々直面している娘も、今飲んでいます。だいぶ他者を受け入れる能力が高まっているようで、いろんな気づきも起こっているのがわかります。そして面白いのが、こういうエッセンスを飲んでいると、問題の解決、つまり自分の理解を深めてくれるような出来事が実際に起こるということです。全然関係のない友達からの助言だったり、今までとは全く異なる価値観との出会いだったり。視野が広がると、受け入れ能力も高まります。

 

 「ホ・オポノポノ」は愛と赦しの両方のエネルギーが入っているエッセンスだと感じます。自分の内面が、その二つのエネルギーで満たされていくので、拒絶そして怒りに苦しんでいる人には、お勧めのエッセンスです。

 

2018年

2月

20日

エッセンス選びは直観で

パープルクロッカス
パープルクロッカス

 今から数年前。その頃小学生だった娘が、学校から帰ると、フラワーエッセンスが並んでいる棚の前に行き、おもむろにあるボトルを指さして、

 

「お母さん、これ飲んでいい?ねえ、いい?」

 

と聞いてきました。今すぐに飲みたい、今飲まないと苦しい、といった息せき切っている様子でした。

 

 普段そんな風に飲みたいエッセンスを自分から指定してくることはありませんでしたし、そもそも数あるボトルの中でなぜそれを選んだのか(娘はエッセンスの知識がほとんどありませんし、ボトルに書かれている英語も読めていないはず)よくわかりませんでしたが、もちろん私はいいよと答えました。

 

 それから1週間くらい経ってから、私は担任の先生との面談で、娘がエッセンスを飲みたいと言ってきたあの日、クラスの中で娘がちょっとしたショックを受ける経験をしていたことを知ったのでした。それは、長い人生の中では誰しもが一度くらいは味わうであろう、ほろ苦い類のものです。

 

 その話を聞いて私は、娘がなぜあの日にあのエッセンスを欲していたのか、ようやく腑に落ちました。娘が選んだエッセンスは、パワーオブフラワーの「パープルクロッカス」。”悲しみ”に対応するエッセンスです。悲しみや恥辱感、罪の意識、批判的な思い、そういった胸に集まるネガティブなエネルギーを優しく緩和してくれます。作り手のイーシャさんは、この花の形は人間の肺に似ているといいます。

 人間の各感情は、諸臓器と繋がっているそうなのですが、悲しみは肺に集まるといわれています。長年深い悲しみを抱き続けていると、肺に不調が表れることがあります。そういえばオーストラリアンブッシュのイアンさんも、孤児院の子供は肺炎に罹る率がとても高いとおっしゃっていました。両親がいる子供より、悲しみや寂しさが強いからなのでしょうか。(ちなみにイアンさんは、そうした子供達に無償でエッセンスを送っているとのことで、エッセンスを飲むようになったら、子供達の罹患率が急速に下がったのだそうです)実際、悲しくつらい経験をした時に、肺がキューっと握られたような、物理的な痛みを感じることがあります。

 

 

 この出来事のことを随分忘れていたのですが、つい先日、中学生になった娘が再び、エッセンスの棚のじっと眺めながら、

 

「お母さん、この2つのエッセンスが気になる」

 

 と言ってきました。パシフィックの「ハートスピリット」と、コルテの「ピンクイルカ」。両方とも、ハートをオープンにし、感情や人間関係の問題を楽にしてくれるものです。中学校生活を送る中で、日々様々な人と接し、何かと胸に抱える思いなどもあることでしょう。父親にシャッフルしてもらい、目をつぶってどちらを飲むべきかを選び(ピンクイルカが選ばれました)、その日から毎日自ら水に入れて飲んでいます。なんとなく、表情が柔らかくなり、優しい雰囲気になってきました。緊張感が緩和されて、攻撃的な感情がほぐされてきている感じです。口ごたえや、私に突っかかってくることも減りました。

 

 そういえば、思春期の入り口に差し掛かったくらいの頃にも、いきなり「このエッセンスが飲みたい」といってきたことがありました。パワーオブフラワーの「ニューライフバランス」。変容の時期を迎えている人に良いエッセンスです。

 

 こんな風に、直観が命じるまま、どんぴしゃで自分が最も必要としているエッセンスを選ぶことができるなら、私のようなプラクティショナーなんて本当はいらないんじゃないかと思ってしまいます。子供は先入観が少ないので、特に迷いなく選べるものなのかもしれませんが、こうした能力は本来誰にでも備わっているものです。大人でも、エッセンスを選ぶのに迷ったら、自分の直観を信じて、その導きに従って決めるのが一番いいのかもしれません。

 

2018年

1月

30日

フラワーエッセンス依存にならないために

 年々新しいブランドが立ちあげられ、既存のメーカーでも次々とニューエッセンスが登場しているフラワーエッセンス業界。

 自分が一体どのフラワーエッセンスを飲んだらよいのか、迷われる方もいらっしゃることと思います。調べれば調べるほど、膨大なエッセンスの量と情報に圧倒され、あれもこれもほしくなってしまうかもしれません。

 

 最近は、「宇宙と繋がる」「魂と一体化する」「神意識と繋がる」「アセンションを加速させる」といった、壮大なスケールのエッセンスもいろいろと出ています。そういったエッセンスの説明を読んでいるとワクワクしますし、早く飲んで一気に変わりたい!と思うかもしれません。

 確かに、エッセンスによっては、宇宙規模の高次元のエネルギーを含んでいるものもあります。こうしたエッセンスは、飲む人が飲めば、意識が高まり、自己変革が起こったりします。ただ、この手のエッセンスが最も効果的に作用するのは、ある程度心のクリーニングが進んでいる方に限られるように思います。

 幻想をくじくように聞こえるかもしれませんが、潜在意識の中に、手放すべきお荷物がまだまだたくさんある人が、高波動のエッセンスを飲んだとしても、「それなりに」しか作用しないものです。宇宙と繋がるエッセンスを飲んだからといって、いきなりその人の波動がビューンと上がって、雷に打たれたように覚醒が起こる・・なんていうことはまずありません。むしろ、その人が抱えている心のお荷物を手放す方向に物事が動きます。その人が見ようとしてこなかった、ずっと避けてきた課題が浮上するかもしれません。”事件”が起こるかもしれません。別れがあるかもしれません。エッセンスとは、そのように作用するものです。

 それは別に、エッセンス(高次のエネルギー)が意地悪をしようとか、罰を与えようとしているわけでは決してなくて、むしろ、その人が真の幸せを得るために、手放すべき心のお荷物に気づかせようとしてくれているのです。

 

 潜在意識の中に、過去の癒されていないトラウマやら悪しき記憶やらネガティブな思い込み、信念、固定観念などがたくさん残っているのなら、まずはとにかく、それらを1つ1つ浄化していくのが先決です。その課題を見事にクリアーした暁に、ようやく真の覚醒へのスタートラインに立つことができます(そしてこれもまた果てしなく長い道のりになることでしょう)。頭のおしゃべりに日常的に強い影響を受けているなら、宇宙(ハイヤーセルフ、神、大いなる存在、etc..)と繋がりたいと望んでも、マインドに邪魔をされて宇宙からのメッセージが受け取りにくくなってしまいます。

 自分がそういう状態だと感じているのであれば、まずは「トラウマを癒す」「執着を手放す」「浄化を促す」といったテーマのエッセンスを飲むことをお勧めします。そして、気が遠くなるかもしれませんが、1つ1つ、意識的に、お荷物を手放していきましょう。感情に向き合うワークが有効です。フラワーエッセンスは、時として痛みを伴う浄化の過程を優しく、かつ強力にサポートしてくれます。浄化や気づきのスピードが高まり、殻が破れる行程をスムーズに導いてくれます。とらわれ、停滞している状態から、次の段階へと促してくれます。

 1つ1つ心のお荷物を手放し、殻を破っていくと、どんどん楽に、軽くなっていきます。そして何より、潜在意識のクリーニングが進んでいくと、目の前に広がる現実が変わっていきます。出会う人や、引き寄せる物事、現象が、より望ましいものになっていきます。たとえ問題が起こったとしても、もう以前の自分のようにとらわれた見方でみることがないので、大きなダメージを受けることなく、自然な形で解決へと導かれるようになります。物事をスケールの広い見方でみることができるようになれば、かつての自分であれば動揺していたような出来事が起こっても、動じることなく、落ち着いて対処できます。

 

 フラワーエッセンスは、あくまでサポーター、助けてくれる存在でしかなく、その人が変わるためには、意思の力と行動、努力そして忍耐がより重要な要素になります。ただ飲んでいれば変われるわけではないので、過剰に期待したり、全面的に依存してしまわないように、上手につきあっていくのが良いかと思います。

 

2018年

1月

19日

エンパスであるということ

 エネルギーに対して敏感体質な人のことを”エンパス”といいますが、日本人は特にこのエンパスの比率が高いといわれています。

 

 エンパスは、場所や他人の放つエネルギーに敏感で、放っておくと自然に、スポンジのように周囲のエネルギーを吸い取ってしまいます。

 

 自分がエンパスであるという自覚がなく、周囲のエネルギーを知らず知らずのうちに吸収していることにも気づかないままだと、なぜ自分が特定の場所に行ったり特定の人と会った後、特別疲れたり、頭が痛くなったり、体が重く感じたりするのか、よくわからないままかもしれません。

 

 うぶすなにも、エンパスの方がたくさん(というかほとんどの方がそう)いらっしゃるのですが、多くの方が、自分がエネルギーに敏感過ぎることを「面倒くさい」「疲れる」「損だ」といったようにネガティブにとらえていらっしゃるようです。

 

 けれど、何事にも意味があり、持って生まれた資質は全てがギフトだということを考えれば、自分がエンパスであるということも、天から授けられた貴重な贈り物であるといえます。エンパスであるということは生まれつき備わっている能力なので、後天的に身に着けることはなかなか難しいです。エンパスにしかできない役割や仕事というものがあり、1人1人にその道が与えられています。そうした役割を受け入れ、自分の力を最大限に開発させて、他者や世の中に何らかの形で貢献していくことが、エンパスとしての使命なのではないかなと思います。

 特別ビッグなことをするまでいかなくても、日常生活の中で、例えば他者に共感するとか(共感能力は、エンパスの最大の武器)、人の話をじっくり聴く(傾聴)とか、芸術的センスを生かして何かをする(エンパスはアーティスティックな能力が高い人が多い)とか、何かしら自分の能力を活かすツールはあると思います。

 

 エンパスであるという資質をプラスにとらえて、プラスに転じていく方法はいくらでもあります。周囲のマイナスエネルギーを簡単に吸収してしまうという側面に悩まされることも多いかもしれませんが、それを回避したり軽減する方法もいろいろあります。

 私が経験を踏まえてとても有効だと思った方法をいくつかご紹介します。

 

①自分のエネルギーと他人のエネルギーを明確にする

 これは、エンパスである人がまず最優先で身に着けた方が良い、とても強力な方法です。外部のエネルギーにあまりに無防備でいると、エンパスはいとも簡単に外部のエネルギーを自分のエネルギーフィールドに取り込んでしまいます。まず、自分のエネルギーフィールドを守るためにも、「どれが自分以外のエネルギーか」ということを常に意識していた方が良いです。どこかにでかけたり、誰かと会った後、自分のエネルギーフィールドに何か異質なものがまとわりついている感じがすることがあると思います。それが、他人のエネルギーです。こうしたことは、意識するようになればなるほど、どんどん敏感になっていきます。そのうち、人と話している間、その人の感情やマインドのエネルギーが自分のフィールドにやってきた瞬間がわかったり、それがどういうエネルギーで、どのように自分に影響を及ぼしているのかまでわかるようになります。

 少なくとも、それが”自分のものではない”という事実が理解できただけでも、そのエネルギーの影響を最小限に抑えることができます。何事も、気づくことが大事です。自分のものでなければ、すぐに手放せばよいのです。自分の元を去っていくイメージをするだけでも、だいぶ解放されていきます。

 こうしたトレーニングを積み重ねていくと、どんどんエネルギーに敏感になり、様々なエネルギーの種類を区別することができるようになっていきます。そうなってくると、もはやネガティブエネルギーの影響も不必要に受けることがなくなり(取り込んだままということがなくなる)、自信もついていきます。人を癒すお仕事に就いている方などは、こうした能力を研ぎ澄ませていけばいくほど、自分を守るだけでなく、他人にも大きく貢献していくことができるのではないでしょうか。

 

②自分のエネルギーフィールドをブロックする

 そもそも、ネガティブなエネルギーの影響を必要以上に受けないためにも、自分のエネルギーフィールドを最初から守ることも大切です。イメージトレーニングや祈祷、ストーン、護符など、様々なツールがあるかと思います。私は毎日、防御の力があるエッセンスの助けを借りています。電車に乗ってどこかに出かけた日や人が大勢いる場所に行った日など、これをちゃんと飲んで行った時と飲まずに行った時とでは、帰ってからの疲れ具合が全く違います。

 

③ネガティブエネルギーにできるだけ近づかない

 どんなにプロテクトしても、どうしても周囲のエネルギーの影響は受けてしまうものです。何か嫌な感じがしたり、ざわざわするような場所や人からは、できる限り遠ざかった方が良いです。最初から近づかないのが身のためです。エンパスの人は優しい人が多いので、他人の愚痴や悩みを聴いてあげるシチュエーションが自然と多くなるかもしれません。それも、自分ができる範囲で、自分がつらくならない程度に、を心がけた方が良いかと思います。世の中には、ネガティブエネルギーが確かに存在しています。ネガティブエネルギーを纏った人も存在しています。そういうネガティブ全てを、自分1人が何とかしようなんて思わない方が良いです。自分が求められている場所で、自分の能力の範囲内で、できることをすればいいと思います。その人が倒れてしまう程は、天も仕事を与えないものです。時には、逃げることも大事です。それは罪ではありません。

 気が進まないけどどうしても行かなくてはいけなかったり、会わなくてはならない人がいる場合は、まず最初にしっかりと自分のエネルギーフィールドを守った上で、「私はこの場所(人)のエネルギーを受けません」「私は守られています」といった意識を強く持ち、①のような、自分と他人との境界線をしっかりとキープしましょう。

 

④毎日エネルギークリアリングを行う

 エンパスの人は、プロテクションと同時に、日常的に浄化をした方が良いです。浄化の方法も様々ですが、私がいろいろ試した結果、習慣づいたものは以下の方法です。

 

 ★浄化のフラワーエッセンスを飲む

 ★浄化のフラワーエッセンスや、海塩を入れたお風呂につかる

 ★神棚に手を合わせる

 ★瞑想をする

 

 これをやっているだけで、まずどんな強いネガティブエネルギーをもらってしまった時でも、しばらくするとスーッと浄化されていきます。神棚は、なければ自分だけの神聖な空間を作り、そこを高い次元の存在と繋がる場所にしていけば良いかと思います。私が感じるに、浄化というものは、何か高い次元の存在の力が働いて行われているようです。自分で何とかしようと思うのではなくて、素直にスピリット界に助けを求めて、浄化してくださいとお願い(お祈り)すると、助けてもらえます。どこでもどんな場所でもそれはできると思いますが、例えば神棚や祈りの場所など、”繋がる場所”を決めてしまった方が、より簡単に、そして強力に繋がれる感覚があります。

 また、こうした場所を作っておくと、モヤモヤしている時に尋ねると答えが返ってきたり、前へ進むための大きなヒントをもらえたりするので、日常的に手を合わせてスピリット界と繋がる習慣をつけておくと、浄化の意味だけでなくても大きな助けとなってくれます。

 

 

2018年

1月

16日

完璧ではない自分

 今から80年程前、バッチ博士が作ったフラワーエッセンス(バッチ博士は”レメディ”と呼んでいました)は、38種類でした。その後、次々と新しいフラワーエッセンスが世界中で作られ、今現在は数千種類かそれよりもっと多くのフラワーエッセンスが存在しています。更にその数は年々増えており、そのすべてを把握するのは難しいくらいです。うぶすなでも200種類ほどのエッセンスを取り揃えていますが、中でも人気が高かったり、使用頻度が高いものは、20種類前後です。

 

 よく出るのは、「ネガティブな感情を浄化する」「自尊心を高める」「罪悪感を弱める」「自分の思いに素直になり、本当の望みに気づく」「古い殻を脱ぎ捨て、新しいスタートを切るのを後押しする」「あるがままを受け入れる」といったテーマのものです。

 繊細で敏感な方というのは、周囲の期待や思いをくみ取るのが得意なので、知らず知らずのうちに、自分の願望よりも他人に合わせた選択をする習慣が身についていることが多いです。また、エネルギーに敏感なため、特に他者の怒りや悲しみなどのネガティブな思いに過敏に反応してしまい、それを避けるためにも、自分を押し殺す癖がつきがちです。

 そうした習慣が長く続くと、 自然と「自分」がおろそかになり、「自分」が価値ある存在であるという認識が低く(自尊心の低下)なっていきます。また、周囲の期待に完璧に応えられない自分を責めたり、物事がうまく進まないことを自分のせいにしてしまうことも多く、常に「罪悪感」を抱き続けることにもなります。本来、その人が最も輝いて幸せを感じるためには、他人ではなく自分自身の本当の気持ちに素直になるしか道はありません。それが宇宙と調和する唯一の方法だからです。物事の多くはそのことに気づかせるために起こるので、自分の気持ちに素直にならない限りは、何かがしっくりいかないまま、空回りしたり、満足のいかない状況がずっと続いていくことになります。

 何かが違う、私の人生うまくいかないのは、私が悪いからだ。あの時こうしなかったからだ、あの時あんなことをしてしまったからだ。そんな風に自分を責めている方が多いように感じます。

 

 私は、繊細で敏感タイプの方には、案外”完璧主義”が潜んでいることが多いということにも気づきました。自分自身のあるべき姿や、人生のあるべき形、または社会や世界の理想の在り方など、あらゆる物事に対して、崇高な理想を抱いていることが多いのです。理想を抱くこと自体は悪い事ではないと思うのですが、あまりそこに縛られ過ぎてしまうと、そうでない自分や、そこに至っていない「今」に満足できなくなります。そして、そこにたどり着いていない自分や周囲を無意識的に責めてしまうのです。

 

 「あるがままを受け入れる」エッセンスが必要なのは、理想や高い目標を抱きつつも、「今」を大事にし、物事のプロセスに価値を見出しやすくするためです。また、完璧ではない自分や他人の姿を、欠けているとみなすのではなくて、学びの途中であると認めて、そのままの姿を受け入れることを助けるためです。

 そもそも、人は完璧ではないからこそ、この世に生まれてきているわけです。この世に生きているということは、完璧ではないのです。学ぶことがあるから、今ここにいます。最初から、自分は完璧ではないこと、完璧でないことは当たり前であること、全く責める必要なんかないことを、素直に受け入れてしまった方が楽だと思います。ネガティブな思いが湧き出ることもあるし、嫌な自分が表に出てくることもあるでしょう。それでいいんです。それがこの世に生きる人間の普通の姿だからです。みんな同じです。もし、完璧に悟りを開いていたら、この世に来る必要がなかったでしょう。仏様やその他多くのマスター達と共に、あちらの世界でサポート役に回っていたはずです。

 完璧ではない自分に気づいた時に、「そんなことない、そんなのは自分ではない」と否定するのではなくて、「それも自分の一部だ」と認めた方が、自分を受け入れやすくなります。そして、自分を受け入れることができたら、今度は他人を受け入れるのも容易になっていきます。

 

 

2017年

11月

13日

カスタムエッセンス~その後

 しばらく前にオーダーした、アンジェリックエッセンスの「カスタムエッセンス」。こちらは、世界に二つとない受注生産のエッセンスで、注文した方にとって必要なエネルギーが入っています。

 

 アンジェリックエッセンスは、そもそもどのエッセンスでもそうなのですが、飲む人、飲むタイミング、飲んだ時の状況などによって、”効果”の表れ方が異なります。ですから、「このエッセンスを飲むと、こんな変化が起こります」といった具体的な説明が難しいのです。

 カスタムエッセンスは特に、ボトルにどんなバイブレーションが転写されているのか前もって教えてもらえるわけではないので、もう飲んでからのお楽しみとしか言いようがありません。

 

 私はかれこれ、自分用に作ってもらったカスタムエッセンスを数回ほど飲んでいますが(その都度トリートメントボトルに希釈して飲んでいます)、その度毎に異なる反応があり、これはひょっとしてボトルの中のバイブレーションはどんどんアップデートされているのではないかとさえ思います。

 

 ただ共通しているのは、何となく、飲んでいると「自分に戻れる」感覚があるということです。何かに追われるような毎日を過ごしている時、こうしなきゃ、ああしなきゃと強迫観念的になっている時、目標を達成しようと頑張るあまり少々無理してしまっている時など、優しいけれど大きな強い力で、グイっと「私らしくある」という状態に引き戻してもらえる感じです。

 自分以外の誰かのようにならなくてもいい、自由なやり方があっていい、どんなタイミングでもいい、焦らなくてもいい、評価を気にしなくてもいい、やりたいようにやればいい、・・・

 そんな風に自然と思えるようになります。周囲と比較してしまったり、こうあるべき、こうしなければいけない、と画一的な基準に縛られがちな心を溶かしてくれます。どこかではそれでいいんだとわかっているのだけれど、表面的な事象に信念がブレそうになる時があります。そんな時にカスタムエッセンスを飲むと、「これでいいんだ」という自信を取り戻すことができるのです。

 

 

 そもそも世の中には正解も不正解もないのだから、どんなやり方であれ、どんな状況であれ、自分さえ納得できていればそれでOKなのではないかと思います。ただ、確固たる信念をキープするのが難しいのです。世の中の常識、何となくみんながそうあるべきだと考えているラインに合わせるのがよしとされる風潮が圧倒的に強いからです。周囲に合わせるのではなく、自らの信念に付き従っていく生き方を選ぶためには、相当強い意志と勇気、恐れない心が必要です。

 フラワー(アンジェリック)エッセンスは、その人がその人らしく生きるのを手助けしてくれるものですから、飲んでいると、様々な呪縛や不安が取り去られていきます。多くの場合、誰かの行く手を阻んでいるものは、現実に存在している妨害要素というよりも、その人の心の中に潜んでいる不安や恐れであることが多いものです。実際にその人を物理的に止めている人や状況があるわけではないのに、心の中で障害を創り出し、それがあるために自分は動けないのだと自分を納得させていたりします。

 

 そんな空想上の妨害要素を消していくためにも、エッセンスは大きな力となってくれます。もちろん、少しずつ自分の力で行動を起こしていくことによって、その行動が自信となり、不安が小さくなっていくこともあります。いづれにしても、原動力となるのはその人の意思と信念の力であることには変わらないと思います。

 

 

2017年

10月

19日

心のお掃除はライフワーク

 フラワーエッセンスを使っていると、自分の中の「感情」に客観的に向き合えるようになっていきます。

 

 以前は、感情というものは、どこからか自然発生的に湧いてくるもので、コントロール不可能だと思っていました。ある時は嵐のように荒れ狂い、ある時はしつこく付きまとい、ある時は出てきたかと思ったらすぐに消えてしまい・・自分で制御することなんてできないと思っていたので、感情に自分を乗っ取られたり、感情に押しつぶされそうになったり、感情が優位になって冷静さを保てなかったり、ということがしょっちゅうでした。

 

 感情というものは、思考とセットになっています。自分の中で「思考」が生じ、その思考と現実を照らし合わせた時(これは日常無意識に行っています)、その思考の種類と自分が目にしている現実とが反応して、感情が生まれます。

 

 では思考はどうやって生じるかというと、これまでの人生経験や、身に着けた習慣、常識、刷り込まれた価値観、期待、動物的本能、等々に基づいて生じています。思考に反応して感情が出てきているので、感情に自分を乗っ取られそうになったら、それとセットになっている思考に目を向けます。

 そもそもなぜこの感情が生まれてきたのか、元になっている思考を探り、さらにその思考の元となっている固定観念や自分の「思い」に注目するようにすれば、感情の大元の出処を突き止めることができます。そして、その大元を癒します。それが一番手っ取り早い、感情に支配されない方法です。

 

 こうしたことが理屈で理解できるようになったのも、フラワーエッセンスを飲み始めてからです。自分の中に感情が湧き起こってきた時、それまではただなすがまま、感情が自分の中で好き勝手に大きくなったり小さくなったりして動き回るのを、野放しにしていました。けれど最近はもう感情に自分を乗っ取られることも、感情が抑えられなくて爆発してしまうこともほとんどなくなりました。感情を客観的に眺められるようになったので、感情に支配されなくなったのです。

 

 

 人の念や場所のエネルギーに敏感な方は、人混みや集団生活に大きなストレスを感じることが多いと思います。他人の感情や思いを、自分のエネルギーフィールドに取り込んでしまうからです。こう言うと、まるで周囲のエネルギーが自分に向かって襲い掛かってくるかのようにとらえてしまうかもしれません。けれど、そもそも自分の中に「ある」ものにしか、外の世界のものは反応しません。ネガティブな人がすぐ近くにいたとしても、自分の中にその人と同じ要素がなければ、そしてその人に対して自分が何のジャッジもしなければ、その人のネガティブエネルギーは自分の中にそう簡単には入ってこれません。そもそも、その人が「ネガティブ」であると自分で意味づけを行っているから、その人が自分にとってネガティブな存在になっているわけです。そして、そんな自分の思いと、その人のバイブレーションが共鳴し、エネルギーの交換が起こります。

 

 いちいちジャッジをしたり、様々な固定観念に縛られていると、それだけ他人と接した時に悪しき感情が生まれますから、ストレスや衝突も多くなります。そんな人は、他人を責めてばかりで、解決の糸口が自分の中にあることには気づいていないかもしれません。

 意味づけするのをやめればいいのです。固定観念を手放せばいいのです。非難することを徹底的にやめてみればいいのです。善悪二元論で物事をとらえているうちは、他者をそのまま受け入れることは絶対にできません。

 

 

 意味づけ、ジャッジをしないようにするのは、ハードな修行です。もはや訓練あるのみです。これまでの人生で散々定義づけを行ってきたわけですから、一か月やそこらでは自分の中の思い込みをクリアーにするのは到底無理です。ライフワークだと思って、時間がかかることを覚悟した方が良いかと思います。

 全ての殻を一気に破ろうとすると、現実でも極端な事象が起こりがちです。どちらを選ぶかは人それぞれですが、大きな事故や病気などを経験することがなくても、人は努力次第で、意識の変革を大胆に行っていけるものだと思っています。

 

 

2017年

10月

05日

夢ワーク

 自分が毎瞬毎瞬抱く思考を改めて見つめてみると、いかに多くのネガティブな思考を宇宙空間に向かって放っているのか気づき、驚きます。そして同時に恐ろしくなります。自分が放った思考が様々な事象を引き寄せ、現実を創っているからです。

 たとえボーっと外を眺めている時間であっても、待ちゆく人々をただ見つめているだけの時でも、自分がどれほどのジャッジ(判断)を行い、好きか嫌いかで対象物を評価し、個人的な価値観にそぐわない現実を非難しているか。少し客観的になってみただけでも、驚くほど膨大な頻度で、自然に行っていることに気づくはずです。

 

 今の文明社会は、批判精神がベースになっています。物心ついた時から、ルールや価値観に縛られて物事を判断する精神構造が自然に出来上がっていくのが普通です。多くは、その状態を疑うことすらしません。

 特定の価値観に基づいた見方をし続けている限り、その対象物をジャッジする作業からは逃れられないので、ネガティブなエネルギーを自ら作り出す無限ループからも逃れることができません。ジャッジをするということは、「良い」か「悪い」かを選ぶ作業だからです。必然的に、「悪い」、つまり自分の抱く価値観にそぐわないと評価した対象物に対しては、悪しき感情や思考を抱くことになります。

 けれど人はなかなか自分自身の内側に目を向けようとしません。物事の原因は、外にあると思いたいからです。自分が直面している現実、自分が受け入れられないでいる状況、悩み、苦しみの大元の発生源が自分であるなんて、認めたくないものです。認めたくないので、自分の内側を見ようとせず、外ばかりに目を向け、他人を責め、環境を責め、社会を責めます。

 

 

 自分がいかに特定の価値観や信念に縛られて生きているか、客観的に知る方法があります。それは、自分が見るに注意を向けることです。夢というのは、その人の内面世界を視覚的に見せてくれる世界です。例えば、仕事でストレスを抱えていたり、締め切りに追われているような状況の時、誰かに追いかけられる夢を見たりすることがあります。また、自分の意思を犠牲にして他人に迎合しているような人が、手足を縛られ動けずにもがいている悪夢にうなされたりします。

 私はかつて、もうとっくの昔に卒業している学校で、その当時私に辛くあたっていた先生に向かって、大人になった自分が罵詈雑言を浴びせている夢を見たことがあります。その夢を見るまで、自分はその先生のことをすっかり忘れられたと思っていたのですが、実は本当に赦すことはできていなかったのだということを知りました。

 

 普段、夢というのはあまり意識しないものかもしれません。朝起きると何となくぼんやりとは覚えているのだけれど、そのままいつの間にか忘れていき、2、3日もたてば大抵の夢の内容などすっかり記憶から消えていくでしょう。

 けれど、一度自分が見る夢に注意を向けるようになると、不思議なことに、夢の記憶がだんだん鮮明になっていきます。自分が昨日見た夢の内容が、今までよりも明確な残像で、自分に訴えかけてくるようになります。そして、その夢からのメッセージに気づけるようになります。夢が、私が抱えている心のお荷物の存在を教えてくれるのです。どんな価値観や信念に縛られているのかということに、気づかせてくれます。

 

 そして、夢が教えてくれた”縛り”に気づき、それを解放しようと心に決め、お掃除を繰り返していくと、だんだん見る夢の内容が変わっていきます。それは、自分の放つ思考が変わっていく過程とリンクしています。悪夢を見る回数が減っていき、夢がますますメッセージ性を帯びるようになってきます。

 

 

 フラワーエッセンスにも、いくつか夢見を助けてくれるものがありますので、夢のワークに挑戦してみたい方は、そんなエッセンスの力を借りてみるのも良いかもしれません。

 

 

2017年

9月

26日

フラワーエッセンス依存症?

 フラワーエッセンスのプラクティショナーとして活動を続けているうちに、私は多くのクライアントさんの中に、次のような”思い”があることに気づきました。それは、

 

「フラワーエッセンスの助けを借りたいのだけれど、フラワーエッセンスの力にずっと依存していたくない」

 

という思いです。頼りたいんだけれど、頼り過ぎたくはない、という感じです。

 

 エッセンスに頼り過ぎたくない、と考えるのは、自分が感情的に苦しい時、スッとその苦しみを取り除いてくれたり、マイナスエネルギーに引っ張られている時、それをポジティブに引き上げてくれる力が強いことを知っているからこそ、エッセンスなしではやっていけない、という状態になることを恐れているのかもしれません。

 

 私自身は、フラワーエッセンスを常時摂ることについては特に「依存」とはとらえていません。エッセンスは決して依存性のあるものではないからです。むしろ、エッセンスに対して執着が出始めたりすると、その状態に気づかせ、バランスの取れた状態に引き戻されます。エッセンスは、常に自分を落ち着いた状態に保ってくれ、また、より高い所に導いてくれる頼もしい味方だと思っています。

 これまで何度もエッセンスに心の苦しみを救ってもらいましたし、また引き上げてもらいました(これからもそうだろうと思います)。けれど、根底にあるのは、私自身の「自分は変わる」「余計なお荷物を捨てて自由になる」という強い意志であり、エッセンスはその意志を助けてくれているに過ぎない、とも思っています。エッセンスの恩恵を受けている他の方々も同じだろうと思います。もし、その方の芯の部分に、「変わりたい」「良くなりたい」という思いがなければ、エッセンスとの出会いさえ起こっていないはずです。もしくは、たとえ何リットルものエッセンスを飲んだとしても、望んでいるような変化は起こらないでしょう。

 

 その方が心の奥底から決心した時、物事は動き出します。自分の元にやってくる人や物やツールは、意志のエネルギーに付随してやってきたに過ぎません。人によって気づきのきっかけや、助けてくれる媒体は様々です。その方なりに、ユニークな形で自己変革を創造しているのです。

 

 ツールはあくまでツールでしかなく、自分をサポートしてくれるもの以上にはなり得ません。自分が何か(物でも人でも)に支配されていると感じているなら、自分が自分の意思でその環境を創り出しているという現実から目を逸らしていることになります。何かに依存したり、頼らずにはいられない状態というのは、自分が自分の意思の力で変化を起こしていることを信じられていないということです。自分以外の誰かや、何かがそうさせていると思いたいのです。

 

 

 そういうわけで、もし目の前にエッセンスがあり、その助けを借りたいと望むのであれば、それは自分のコアの部分で希求した結果、あなたを助けるためにやってきたわけですから、自分の現実創造の力に感謝をして、躊躇することなく利用すればいいと思います。

 もし、もうエッセンスの力に頼らなくても大丈夫、自分には必要ない、と思えるようになったら、その時はエッセンスのお役御免ということです。またいつか使いたくなる時が来るかもしれませんが、とりあえず今はなくてもやっていける状態になったということです。そういう時は、自然にエッセンスに手が伸びなくなったりします。

 いずれにしても、エッセンスでも何でも、自分が「それ」を今必要としているのかいないのかは、自分自身がちゃんとわかっているので、やめられなくなったらどうしようなどという心配は、杞憂なので大丈夫です。

 

2017年

9月

12日

ホ・オポノポノ

 フラワーエッセンスには、様々なネガティブな感情を癒す力があります。怒り、悲しみ、恐怖、絶望、妬み、etc...

 それらの感情が湧いてきた時に適切なエッセンスを飲むと、スーッと感情が治まり、どこかに去っていきます。本当にありがたいツールなのですが、そうはいっても常にあらゆる感情に対応するエッセンスを持ち歩くわけにはいきませんし、そもそも感情など湧いては消え、湧いては消え、と目まぐるしく生じ続けるものです。

 

 感情、特にネガティブな感情に振り回されたくなければ、そもそもなぜそれらの感情が湧いてくるのか、その源泉、つまり感情が生じている根本原因にメスを入れなければいけません。感情は、その人の心の中にある何かしらの定義づけであったり、思い込みであったり、「こうあるべき」という理念などが、現実に目にしている事実と反応することで生じています。それらの固定観念と現実を照らし合わせた時、その現実が「良い」のかそれとも「悪い」のか、無意識にジャッジしているのです。ジャッジすることがなければ、感情はさほど湧いてきません。湧いてきたとしても、その規模は煩わされることはない程度にとどまるでしょう。

 

 試しに、外を歩いている時、自分がどれだけの物事をジャッジしているか、少し意識的になってみてください。本当に驚くほどやっていると思います。向こうから歩いてくる人を見た時に、その人をどのように見ていますか。暗い顔をしている(嫌なことでもあったのかしら)、脚を引きずっている(事故にでも遭ったのだろうか)、子供をたくさん連れている(大変そう)、派手な色の服を着ている(私ならあんな服は着ないわ)、酔っぱらっている(節度がないのね)、・・・

 表に出ている事実以上に、どれほどの個人的な価値観でその人を判断していることか。そして、自分の価値観に照らし合わせて、「こうすればいいのに」「なんでこうしないんだろう」と、その人の個人的な領域にまで踏み込んだ余計なおせっかいまでやいてしまいます。もしかしたら、自分がジャッジしているという認識すらないかもしれません。そのくらい、ごく自然に、物心ついた時から行ってきているものなのです。

 

 ジャッジすることで、「こうあるべき」と自分が考えている事実と異なる事実を目にした時、その都度、嫌な感情に苛まされることになります。なぜなら、私が考える「こうあるべき」姿ではないから。「こうあるべき」なのに、「こうあるべき」ではないから、つまりそれは「良くない」ことになるわけです。あの人の言葉遣いも、あの人の行動も、趣味趣向も、服装も、考え方も、どれもこれも、私が考える「こうあるべき」と違う。だから許せない。本当は「こうあるべき」なのに。怒りが湧いてきます、悲しみが湧いてきます、変えたいのに変えられないことで絶望感も湧いてきます。

 

 このように、自分の中で頑なに特定の価値観や定義を抱き、そこに縛られていると、周囲を見た時に自然とジャッジすることになり、それによって生じるネガティブな感情に自分自身が苦しみ続けることになります。その時、原因は自分の中にあるのに、周りや他人にあると思っています。周りがこうだから、自分がこうなっている、と考えています。

 

 悪しき感情に苦しみたくなかったら、自分が心の中に抱いている、自分を縛っている信念を手放せばいいのです。「こうあるべき」という固定観念から、自分を解放してあげれば良いのです。周りや他人は関係ありません。私が変わればいいのです。私が変えることができるのは、私だけです。

 

 具体的に、どうやったら固定観念や思い込みを手放すことができるのでしょうか。私が一番お勧めする強力なツールは、言霊です。古代からハワイに伝わるホ・オポノポノという考え方に、「自分の目の前で起こっていることは、100%自分に責任がある」というものがあります。自分の思いが、現実を創っているのです。ホ・オポノポノの提唱者が勧める、有名な4つの言葉があります。

 

「愛しています」

 

「ごめんなさい」

 

「ゆるしてください」

 

「ありがとう」

 

 これらの言葉には、潜在意識を浄化する力があるといわれています。実際、自分がついジャッジしそうになった時、この4つの言葉を言うことで、スッと囚われから解放される感覚があります。心の中で唱えるだけでも効果があります。ちなみに私の場合、なぜかはわかりませんが、日本語で言うよりも英語で唱えた方が力強さを感じます。

 

"I love you"

 

"I'm sorry"

 

"Please forgive me"

 

"Thank you"

 

 誰かを見た時、その振る舞いに対してジャッジしそうになったらすぐさま、この魔法の言葉をひたすら唱え続けます。"I love you", "I'm sorry","Please forgive me", "Thank you",  "I love you", "I'm sorry","Please forgive me", "Thank you",  ...

 

"I love you",

何はともあれ、あなたのことを愛しています、認めています、受け入れています、あなたがどんな状態であれ、あなたを愛しています、あなたがどんな言動をとっていようが、あなたを愛しています

 

"I'm sorry",

ごめんなさい、あなたのことをジャッジしようとしました、ごめんなさい、あなたが〇〇であると判断しました、あなたは△△だからこうなっているのだと決めつけようとしました、ごめんなさい、こうあるべきだと考えました、ごめんなさい、あなたの選択を否定しようとしました、ごめんさい、私が正しいと思ってしまいました、ごめんなさい、私の価値観と異なるあなたの価値観を、あなたの選択を間違っていると思ってしまいました、ごめんなさい、あなたの行動を責めてしまいました、ごめんなさい、あなたの有り様を、あなたの人生を、そのまま受け入れられなくてごめんなさい

 

"Please forgive me",

あなたをジャッジした私を許してください、あなたが間違っていると考えた私を許してください、あなたがこうするべきだと考えた私を許してください、あなたがしたことを責めた私を許してください、あなたを受け入れられなかった私を許してください

 

"Thank you",  

ありがとう、私に気づかせてくれてありがとう、教えてくれてありがとう、大切なレッスンを与えてくれてありがとう、成長する機会を与えてくれてありがとう、出会えたことに感謝します、気づけたことに感謝します、お互いの存在に感謝します、あなたがいてくれたことに感謝します、この経験を与えてくれた大いなる存在に感謝します

 

 

 

 言葉はエネルギーですから、続けていけば、物心ついた時から長いことジャッジすることに慣れてきた、癖を矯正していくことができます。潜在意識をクリーニングしていくことができます。思い込みや固定観念に縛られて苦しむことが減っていきます。

 

 

2017年

9月

07日

今更だけどエッセンスの不思議

 アンジェリックエッセンスの中には、時々「?」と思うような不思議なエッセンスがあります。中でも私が最も「?」と思うエッセンスは、「Next Level」(ネクスト・レベル)。”次の段階”といった意味ですが、一体何のことを言っているのでしょう。

 

解説は、次のようなものです↓

 

「とても高いバイブレーションのエッセンス。次の段階の意識や存在のエネルギーのようです。現存するエネルギーより高いエネルギーで、私たちがより高次の意識とバイブレーションへ進化することを助けてくれます。私(ルース)がこのエッセンスを初めてつくって試したところ、エネルギーに満たされ充電されました。エネルギーを見たり感じたりする私の能力が高められたようです。このエッセンスは、その人のバイブレーションを引き上げるのにぴったりです。」

~㈱ネイチャーワールドHPより抜粋

 

 解説にも、「・・・のようです」とあるように、作り手のルースさん自身にとっても、ちょっと「?」なのでしょうか。

 

 アンジェリックエッセンスは、摂る人によって変化の表れ方も様々で、一概に「これを飲めばこうなります」と断言できない部分があります。とても波動の高いエネルギーが入っていることは確かなのですが、バイブレーションが精妙過ぎて、今現在私たちが感知できるレベルではないのかもしれません。

 かといって、飲んだから何の変化も感じないかと言うとそういうわけではなく、不思議なことに、しばらく飲んでいると、「あ、これはあのエッセンスが効いているんだな」という感覚を味わうことができます。複数のエッセンスをブレンドして飲んでいる時でも、その中の何が効いているのかが、どういうわけか「わかる」のです。これは私に限ったことではなく、飲んで頂いているお客様も、大体皆さん同じようです。

 

 この「Next Level」は、アンジェリックの中でも特に、人によって変化の表れ方が異なるような気がします。しかも、同じ人でも飲む時によって変化が違います。私はこれまでこのエッセンスを複数回飲んできましたが、その都度違うことが起こります(内面での話ですが)。いずれの場合も、解説にあるように、私が「次の段階」へと引き上げられるのを感じます。大きな気づきがあったり、今までどうやっても取れなかった心の重荷が急に取れてスッキリしたり、意識のレベルが一段階グンと持ち上げられるような感じです。個人的に、このエッセンスを飲む時、「Grace」と一緒に飲むのがお気に入りです。とても暖かな、力強いバイブレーションに守られます。

 

 とにかくアンジェリックはよくわからない部分が多いのですが、わからないからこそ興味が惹かれます。

 

 ちなみにここ最近は、「Balance of Dark」を飲んでいたのですが、これを飲んでいた時に図書館に行ったら、ある本がポンと目に飛び込んできました。開架書庫をブラブラ歩いている時、その本だけが、何か特別なバイブレーションを放っているのを感じたのです。近づいてタイトルを見てみると、ルドルフ・シュタイナーの「悪について」。この本の中に、私が知りたいと思っていたことが書かれているのだなとすぐにわかりました。

 エッセンスを飲んでいると、こういうことがよく起こります。シンクロニシティを引き寄せるのだろうと思います。その人の成長を、後押ししてくれているようです。

 

2017年

8月

27日

「闇」を受け入れる

 アンジェリックエッセンスには、私達の認識を根本から揺り動かしてくれるような、とてもディープな部分に働きかけてくれるものがいろいろあります。

 

 例えば、「Balance of Dark」(バランスオブダーク)というエッセンス。”闇”のバランスをとる、といったエネルギーです。

 

 解説は次のようなものです↓

 

『闇のバランス。本当はこの世に「闇」など存在せずただ意識が欠如しているだけです。このエッセンスは、怖れ、貪欲、暴力など二極性のネガティブな側面として認識されているものを見つめ、すべてのものに光が宿っているのだという新しい気づきをもたらしてくれます。そしてネガティブな要素をバランスと調和の中に戻してゆきます。新たなものや事柄、未来のエネルギーに取り組む際に重要な役割をしてくれるエッセンスです。また、無自覚だったことや知らなかったことに認識をもたらし、私たちが「闇」と呼ぶ側面に内なる安らかさと理解をもたらしてくれます。』

~㈱ネイチャーワールドHPより抜粋

 

 

 私達は、物心ついた時から周囲や環境の影響を受け、知らず知らずのうちに、様々な偏見や思い込みを抱いていきます。そのため、何か出来事が起こった時や、他人を見た時、または自分がとる言動一つ一つに対して、逐一「良い」「悪い」というジャッジをしてしまいます。それは、意識をするまでもなく、瞬間的に行っていることがほとんどです。

 

 しかし、最初の段階で「悪い」と判断した出来事であっても、しばらくしてから振り返ってみた時に、実はそれがあったおかげで助かったり、成長することができたり、またはより望ましい方向に進むきっかけとなっていたことに気づくことは多々あります。歴史を振り返ってみても、大きな災害や悲劇が起こったことにより、世の中の意識の覚醒が進み、社会がよりポジティブな方向に転じていくという流れはたくさん起こっています。

 一見「悪い」ことにしか見えない出来事や環境、人、状況なども、見方によっては、私達の成長のために必要なことであったり、糧だったりするわけです。

 

 

 また、自分の価値基準から大幅に外れる他人の言動を目にした時、それを「良くないこと」という見方でとらえれば、嫌悪感が生じ、受け入れるのが難しくなります。けれど、そもそも「良い」か「悪い」という二元論的な見方をしなければ、もう少し深い観点で、その人の状況を理解できるのではないでしょうか。今、その人は何かの理由があって、愛と対局にある言動をとってしまっているわけです。その人の言動の裏にある思いや、そうせざるを得ない理由に目を向けるようにすれば、表に出ている今現在の姿1つをとって責め立てたり、悪い人というレッテルを貼ることも減っていきます。

 

 あらゆる物事に対して、逐一「良い」「悪い」のジャッジをすることは、何より自分自身を苦しめることにもなります。自らが創り出した規範によって、自らが縛られ、苦しくなり、自由に生きることへの障害となります。他人を批判しているようで、実は自分が見ているのは、他人の中の自分の一部です。それが許せないから、責め、批判をしているのです。

 

 

 「バランスオブダーク」を飲んでいると、無条件にジャッジをすることが減るか、もしくはジャッジをしている自分に気づくようになり、それまで「悪」や「闇」、「ネガティビティ」ととらえていた部分に対する抵抗が減っていきます。冷静で広い視点で眺めることが可能になると、今まで自分が受け入れられなかった物事や人も、その存在を認め、尊重できるようになっていきます。自分の中の許容量が増えるということは、結果的に、自分が縛りから解放され、自由になるということでもあります。

 

2017年

8月

24日

感情のコントロール

 オーストラリアンブッシュの創始者イアンさんは、ボランティア活動も精力的に行っていて、例えばブラジルの孤児院にエッセンスを送ったりしているそうです。そこにいるプラクティショナーは、子供達1人1人に合わせたドーセージ(希釈)ボトルを作っていて、それを毎日飲ませているとのこと。

 孤児院の子供達がフラワーエッセンスを飲むようになったら、子供が肺炎にかかる回数が大幅に減ったのだそうです。なぜ孤児院の子供達が肺の病気に罹りやすかったかというと、肺は「悲しみ」と繋がりがある臓器だからです。親がいない子供の悲しみのエネルギーが、肺の病気を引き起こしていたのではないかと思われます。

 

 私達は、悲しみや寂しさが強い時、確かにハートチャクラ(胸周辺)がキュっと痛くなるような感覚を覚えます。感情は肉体に蓄積されますから、長年ため込んだ感情エネルギーが少しずつ肉体を蝕んでいき、ある時具体的な疾患として表出するのもわかります。

 

 感情を抑圧し、内側にため込んだ状態でいると、心が苦しいだけでなく、肉体にもあまり良い影響を与えません。特にネガティブな感情は悪者にされがちですが、肝心なのは、自分がその感情を抱いているという事実を素直に認めることです。1つ1つの感情に「これは良くない、これはOK」と無意識的にジャッジをし、あまり自分が「良い」と考えていない感情がやってきた時に、自分を責め、その感情とそれを抱いた自分を否定する。こんなことをずっと繰り返してきた方は多いのではないでしょうか。否定された感情は行き場を失い、どんどん内側に押し込まれ、抑圧された状態で蓄積されていきます。

 

 そもそも、人間は感情を抱く生き物なのですから、感情があって当たり前、それが自然な状態です。そして、良い感情も悪い感情も本来ありません。感情は感情です。良いとか悪いとか判断しているのは、人の頭(自我意識)です。

 

 ヒンドゥー教の聖典、バガヴァッド・ギーターには、人が心と感情の活動を抑制することの大切さが繰り返し書かれています。人が精神的修練を積むと、次第に心の抑制がとれるようになり、エゴ的な欲望や執着、情動の影響を受けない安定した状態が保てるようになっていきます。

 ここにも、感情を「抱いてはいけない」という文言は書かれていません。ただ、感情にコントロールされるのではなくて、感情をコントロールできる状態にまで自分を持っていくよう、修行を重ねなさい、といっています。

 

 感情をのものを悪者にするのではなく、そして好ましくない感情を抱いている自分を否定するのではなく、その感情の出処を探り、なぜ自分が今そうした感情を抱いているのか、掘り下げて考えていく。感情が出てきているからには、何か原因があるはずです。自分の中の、心の重しがその感情を引き起こしているわけです。重しが外れたら、同じ出来事が起こっても、以前のような悪しき感情は湧き起こらなくなり、感情そのものに苦しむこともなくなります。

 

 感情は、自分の心の内にある傷やトラウマ、執着、固定観念の存在を知らせてくれる、アラームのようなものです。アラームを責め、アラームを否定したところで、本体機能が変わらないままであれば、また繰り返し似たような場面でアラームが鳴り続けることでしょう。

 

 

 

2017年

8月

15日

豊かさと自己価値

 自己価値が低い、自己否定感や劣等感、罪悪感が強く、自分を苛む感情が心の多くを占めている・・こうした、自己肯定感の問題を抱えている方は、経済的な問題も抱えていることが多いです。

 

 自己価値が低いと、「私なんて」と自分を卑下する思いが強く、「どうせ私など価値のない人間なのだから、豊かさなんてやってくるはずがない」という認識が、無意識レベルに強く浸透していたりします。豊かで経済的に何の不自由もなく過ごしたいという願望があったとしても、潜在意識を覗いてみると、実は「私は豊かである」「私は豊かに生きる権利がある」という認識よりも、「私は豊かさを受け取る価値がない」「私には豊かさがやってこない」という認識の方がはるかに強かったりするのです。

 目の前に広がる現象はその人の意識の表れですから、心の中が「私は豊かではない」という思いで占められていれば、その通りの現実が造られていきます。

 

 チャンスに恵まれないことや、経済的に苦しい環境から逃れられずにいる状態を、神様や誰かのせいにしたり、こういう運命なのだから仕方ないと諦めてしまうのは、本当にもったいないです。原因を外側に求めて他者を責め続ける日々を送るより、自分の意識を変え、行動を変え、長い間自分にこびりついてきた垢をそぎ落としていくことにエネルギーを注いだ方が、魂が本当に望む人生へと時短コースで進むことができます。

 

 自分の意識と行動次第で現実は変えていくことができます。それは、誰かの許可を得なければいけないことでもありませんし、誰かに自分の代わりに決めてもらう必要もありません。というより、本当に心の底から自分が決心しない限り、具体的に動いていくことは難しいと思います。

 誰それが反対している、きっと○○が良い顔をしないだろう、周りにいろいろ言われそう、変な目で見られるのが怖い、etc...行動に移す決心がつかない状態の時に、よくこうした言い訳が浮かびます。自分が本当に望む道へと進ませないように、エゴが邪魔をしてくるのです。そこで、エゴの声を聞いて今まで通りの人生を歩むか、恐れを払拭して自己変革の道へと進むのか、それはその方次第です。選択しているのは、全て自分です。

 

 経済的に苦しい状況でいることで、現実的な「縛り」を生み出し、自分を次の道へと進むことをストップさせている場合もあります。行動を起こすには勇気とエネルギーがいるので、たとえ行き詰っていたとしても、今の状態でいることを無意識レベルで選択し、停滞状態に身を置いているのです。現状維持でいる方が、一見安全で安心感があるようにも思えるからです。

 また、自分以外の誰かに、ストップをかける役割を演じてもらっていることもあります。家族など身近な人や、自分にとって影響力を持つ人であることが多いです。

 

 

 フラワーエッセンスにも、豊かさに関連したものはたくさん出ています。そういったものを飲むことで、内面が「豊かである」という気持ちに満たされ、一時的に豊かな状況が生まれることはあります。ただ、その状況を定着させるためには、根本的な部分から自分が豊かであるという認識を持つ必要があります。「自分は豊かに生きていいのだ」と、自分に許可を与える必要があります。

 

 

2017年

8月

07日

オーストラリアンブッシュフラワーエッセンス②

 イアンさんは、現実とスピリチュアルな世界の両方に理解と深い造詣があり、そしてそのバランスをとても上手にとっていらっしゃる方だなあ、という印象を受けました。どちらかというと、あまりスピリチュアルな方向に傾倒し過ぎることなく、肉体や現実的な事象に対しての具体的なアプローチをとても大事になさっているようにも感じました。オーストラリアンブッシュフラワーエッセンスには、お医者さんなどの医療関係者のファンが多く、実際に医療機関でも使われていたり、研究に用いられているというのもわかります。

 

 世界中をあちこち飛び回っているイアンさんですが、年の半分は、エッセンス作りに時間をとっているのだそうです。エッセンスを作る植物が自生している場所の写真をいくつかスライドで見せてくれたのですが、中には素人が登るにはあまりにも危険と思われる、急斜面の崖のような場所もありました。体にロープを巻いて登っていくのだそうです。誰かに手伝ってもらったり、他の人に頼むことはできないものなのだろうかと思っていたら、ご自身が次のように言っていました。

 

「オーストラリアンブッシュフラワーには40人ほどのスタッフがいますが、実際にエッセンスを作るのは私1人です」

 

 それも、自分の調子が良く、クリアーな状態の時だけにしているそうです。エッセンスを作る時には、瞑想をし、お花(のディーバ)とコンタクトをとって、許可を得てから作るとのこと。

 

 そして、エッセンスを作る時には、見えない世界のガイドの助けも借りているそうです。そのうちの1人としてイアンさんが名前を挙げていたのが、私が最近個人的に探究をしているあのヒルデガルド・フォン・ビンゲン(のスピリット)。イアンさんはヒルデガルドが過ごしていたドイツの修道院にも過去に訪れており、その場所(大変波動の高い場所だったとのこと)でヒルデガルドのスピリットからのメッセージを受け、そこにあった石のエネルギーを使ってエッセンスを作るようにいわれたのだそうです。

 

 イアンさんは、現実に根を下ろして極端にスピスピしていない方との印象を受けましたが、根本的な部分では、自分はスピリットに動かされて、スピリットの助けを借りて行動しているというスタンスをお持ちのようでした。

 

 ワークショップの終わりに、参加した方達全員で輪になり、手をつないで歌を歌ったのですが、その時にもイアンさんは、次のようにおっしゃっていました。

 

 

「今日このようなワークショップを開くにあたってご尽力してくださった方々にお礼を申し上げます。そして、この機会を作ってくださったガイド達にも感謝をいたします。私達がこのような場をもつためには、たくさんのガイド達の助けがなければ実現しなかったでしょう。参加してくださった皆さんのガイドも含めて。」

 

 

 長い間、人々の心身の不調を癒すため、精力的に活動していらっしゃるイアンさんは、このように謙虚な姿勢で取り組んでいらっしゃるからこそ、目に見えない存在からも愛され、助けられ、パワーをもらっているんだなあ、と思いました。

 

 

2017年

7月

31日

オーストラリアンブッシュフラワーエッセンス

 うぶすなにお問い合わせくださるお客様の中には、オーストラリアンブッシュ(AB)のフラワーエッセンスを以前使っていたとか、今現在使っている、ファンであるという方が多いです。そして口々におっしゃるのが、ABのエッセンスは効果が出やすい、強力である、わかりやすい、ということ。私自身も個人的に使っていてそのように感じていますし、エネルギー次元に作用しているのだろうけど、同時に肉体的次元でも変化が表れやすかったり、エネルギーの質を体感しやすいという印象があったりして、いろいろと興味深いです。以前、創業者であるイアン・ホワイト氏の著書を読んだ際は、その造詣の深さと自然界に対する真摯な姿勢に感銘を受けました。一度ご本人から直接講義を受けたいと思っていた矢先に、イアンさんが来日してワークショップを開くというお知らせがあったので、満を持して参加してきました。

 

 2日間の講習は、連日時間があっという間に過ぎ、気づいたら終了の時刻になっていて驚いた程、濃密で奥の深い内容でした。イアンさんは、エネルギー世界への理解と知識もさることながら、肉体・医学・解剖学・植物学的分野における造詣も深い方です。植物界がどれほど私達人間に恩恵を与えてくれているか、そして私達の三次元的肉体がいかにして感情・マインド・魂レベルの世界と繋がっているかといったことを、非常にわかりやすく、明瞭に説明してくださいました。ボディ・マインド・スピリットを三位一体でとらえ、そのどれもが大切であり、それぞれが密に影響し合っているという事実を、様々な事例やデモンストレーションを通して教えて頂きました。

 

 以前から興味があったキネシオロジー(筋反射)テストも、きちんとした形で見ることができ、エッセンスって本当に肉体次元にも影響を与えているのだな、ということが改めて実感できました。

 私自身も一度、前に出てデモンストレーションの実験台になったのですが、それは次のような実験でした。

 

 

①まず、被験者が左腕をまっすぐに伸ばした状態で肩の高さまで上げ、筋力を使って腕が下がらないよう、しっかりとホールドします。

 

②被験者は目を閉じます。そして、対面している数十人の人々が一斉に、被験者に対してややネガティブな念を送ります。

 

③ネガティブな念を送られている間、被験者の左腕を下に押すと、簡単に下がってしまいます。

 

④次に、被験者は、オーラを保護してくれる作用のあるエッセンスを飲みます。

 

⑤飲んだ後、対面している人々は再び被験者に向けて、先ほどと同じようなネガティブな念を送ります。

 

⑥ネガティブな念を送られている間、被験者の左腕を下に押すと、今度はがっちりとホールドしたまま、簡単には下がりません。

 

 

・・・つまり、腕が下がらないということは、その人のエネルギーフィールドがしっかりと守られているということ。1度目と同じようなネガティブな念を送られているにも関わらず、2回目の時には、エッセンスのおかげでオーラフィールドが守られ、自分の元に送られてきたネガティブエネルギーを跳ね返したということがわかります。

 話を聞いただけではこの手の話は半信半疑に思うかもしれませんが、これは私自身が被験者になったので、嘘でもヤラセでもないことが本当に体感できました。③の時は、イアンさんに左腕をチョンと下に押されただけで、自分でも驚くほど簡単にフニャリと下に下がってしまったのです。ちなみに②の状態の時、対面している人々から送られてくるピリピリした念が私のエネルギーフィールドめがけて一斉にやってくるのを感じ、正直「怖い」と感じました。そして、急に心臓がバクバクと速く脈打ち始め、サーッと自分の中から力が奪われていくと同時に、自分が無抵抗になったような感覚がありました。気力と体力が一気に持っていかれたような感じです。

 ④でエッセンスを飲んでからすぐに⑤を行ったのですが、この時は、前述したような心臓バクバクも治まり、全体的な安心感がありました。見ていた方が言うには、④の後、私の目の力が強くなったとのこと。⑥でイアンさんにもう一度腕を押された時には、しっかりと力が入り、腕が下がることはありませんでした。③の時と違って、自分の意思できちんと体をコントロールできる状態であり、自分は安全である、大丈夫だという自信がしっかり保てていました。

 

 ネガティブな念エネルギーというものは、目には見えないけれど本当に存在しています。できるだけ他人とネガティブな関係を作らず(その分ネガティブエネルギーを受けることになる)、と同時に自分のエネルギーフィールドをしっかりと守ることがいかに大切かということが改めてわかりました。

 芸能人や有名人など、自分の姿を日常的に大衆の目の前に晒し続けている人というのは、膨大な人々の様々な念を日々受けているわけですから、それだけエネルギーフィールドの浮き沈みも激しくなるものなのかもしれません。極端なメンタルの変容が起こりやすいのも理解できます。ポジティブな念だけを受ければ良いのでしょうが、中にはネガティブな念を送り付ける(無意識的にでも)人もいることでしょう。大衆の面前に姿を出すということは、あまり無防備な状態ではやらないに越したことはなく、また相当の覚悟と自分を守る努力が必要だと思います。

 

 

 

 イアンさんを見ていて感じたのが、スピリチュアルな世界に深い理解がありつつも、しっかりと地に足を着けた状態で、現実世界を精力的に生きていらっしゃるということです。エネルギーとかスピリチュアルとか、そちらの方向に引っ張られ過ぎると、肉体や現実から乖離してしまったり、日常生活に魅力を感じなくなったりといった分裂が起きやすくなります。私もこれまで多々失敗を重ねてきましたが、改めて、どちらかに極端に偏るのではなく、両方の世界を大切に、両方の世界への理解を同時に深めていこう、そして目の前の出来事に一つ一つ、真摯に向き合っていこうと気持ちを新たにしました。

 

2017年

6月

16日

感情の解放

 フラワーエッセンスには、ネガティブからポジティブに切り替える力が確かにあります。けれど、フラワーエッセンスを飲んでいれば、ネガティブな感情が湧かなくなる、というわけではありません。

 例えば、長い間自分の感情を押し殺し、表に出さないよう出さないようにと抑えてきたような人がフラワーエッセンスを飲むと、ずっと抑えてきた感情の扉がパカッと開いて、一気に流れ出す(浮上してくる)ことがあります。

 

 それはやはり、その人が本当にその人らしく生きるためには、まずは自分自身に素直にならなければいけないからです。自分に嘘をついて、本当に自分が感じていること、本当に信じていることに対して目を背けていては、本当の自分らしい生き方などできません。手始めに、過去からずっと背負ってきたお荷物を一度降ろし、ため込んできた負の感情を外に出し切ることで、自分の中身を綺麗にする必要があるのです。

 内面がドロドロと負の感情で渦巻いている状態で、「私らしい」新しい人生など始めることは難しいです。望んでいる結果が受け取れないことが多いですし、いずれ内的な問題にぶち当たることになります。望むように生きたかったら、まずは心のお掃除、浄化が先です。

 自分に素直になること、自分の感情に素直になること。泣いてわめいて、怒りをぶちまけて(他人を傷つけない範囲で)、悔しかった、悲しかった、寂しかったのだと正直に認めてください。ずっと「良い子」できた人ほど、ネガティブな感情を表に出すことや、自分がそういう感情を抱いていることに対して罪悪感があったり、否定しようとする傾向があるようです。けれど感情は感情、良いも悪いもそもそもありません。どんな感情を抱いているから罪だとか善だとか、ジャッジする必要はないのです。ただ、その感情を認めてください。存在を認めて受け入れてください。その感情を自分が抱いていることを否定も拒絶もしないでください。ただ、眺めてください。

 

 感情を否定しているうちは、自分に対して本当の意味で素直になれておらず、自分のことを真に受け入れていることにもならないので、どこかで自己否定感がくすぶり続けます。自己否定感が拭い去れないままだと、人生自体が膠着します。

 人生を変えよう、自分らしい生き方をしよう、魂の望む方向に進もうと決心したら、まずは心のお掃除、感情の解放がスタートラインです。そこを飛び越えて次に進むことはできません。フラワーエッセンスは、そんな時にとっても大きな力になってくれます。自分の負の感情に向き合うのはつらいですが、向き合い、受け入れ、そして手放す過程をよりスムーズに、楽に進めてくれます。

 

2017年

5月

23日

昼と夜

 自然界の一部でもある私たち人間は、意識しているいないに関わらず、自然のサイクルに影響を受けています。太陽の動きもその一つです。

 

 午前中から夕方にかけて、私たちはマインド(頭)が優位の状態です。大体17~18時頃を境に今度は感情が優位に立ち、マインドはおとなしくなっていきます。切り替えのタイミングにあたる夕方(14~16時頃)は、私たちが一番疲れを感じる時間帯と言われています(この時間に眠くなったりしんどさを感じる人は多い)。

 

 午前中はマインドが優位なので、知的な作業などには向いていますが、何分頭のおしゃべりも活発ですので、内省にはあまり向いていません。もし、今の課題や悩みに向き合い、深く内観をして解決策を導こうとするのであれば、朝よりも夜に行う方が効果的です。その際、思考を一度クリアーにして頭のおしゃべりを鎮めるためにも、まず瞑想を行うのがお勧めです。内なる声に繋がりやすくなります。

 フラワーエッセンスにも、頭のおしゃべりをなだめてその人のエネルギーフィールドを浄化してくれるものがたくさんあります。

 

 頭がパンパンで、思考がとめどなくやってきている状態では、悩みの本質を突き止めるのは難しいです。マインドは解決策を知っているわけではないからです。頭のおしゃべりは、どんなものであっても、直接悩みの解決に導いてくれることはありません。

 本質的な答えは、私たちのハート、魂の声が教えてくれます。魂の声はどうやったらきけるのですかと言う方がいますが、マインド(頭)の声と内なる声の違いは本当に明らかです。少なくとも、頭のおしゃべりが魂の声でないことはわかると思います。ですので、まずは頭のおしゃべりを鎮めること。それをやってみるだけでも、内なる声がより明瞭になってくると思います。